アセンション(次元上昇)

真実のアセンション・次元上昇とは? 意識進化で神性を生きる方法とは?

頂の視界に次元の奥行きを

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富士山を臨む

都会に住んでいると、自然に触れる機会も少なく、山が恋しくなります。

そんなとき私は、晴れた日の朝に、ビルの屋上、もしくは最上階から、西の方角を観て、富士山を探します。

そして、運良く富士山を観れた日は、「頭を雲の上に出し・・・♪」と、幼い頃に聴いた唱歌が脳裏に鳴って、富士登山をした道中の出来事や、山頂からのパノラマ的景色、飛び降りれそうな雲海、神々しいご来光等を思い出し、清々し気持ちになり、満足をしてから仕事に入ります。

平野の視界から頂きの視界へ

ところで、物事をよりよく認識している在り方を指して、富士山の頂から四方八方を見渡すような意識視界が望ましいという言われ方をすることがあります。それはそれで、視界明瞭でいて、よいものでありますが、真にアセンションをした意識視界を自己のものとするためには、それだけでは事足りないのであります。

どうして事足りないのかと申しますと、その意識視野には、次元の奥行きがないからであります。

次元の奥行きがない観え方の場合は、例えば一人の人を観る場合に、肉眼では、相手の肉体しか見えず、五感を働かせたところで、その振る舞い、表情、雰囲気、話し方、話す内容等から、その人の内面を類推よりほかありません。

心理学なども、そうした表面に表された想念言動の膨大なデータの蓄積から、こういう想念言動は、こうした原因だというようなことを、学問的に探究されていますが、あくまで顕在意識と潜在意識に限定された、浅い見方でしかありません。

そうした見方では、いつまで経っても人間の本質を観ることにはならず、人間の本体・本心の探究に至ることはありません。

人間の本質を、自他のなかに見いだすことが出来なければ、人はいつまでたっても、喜怒哀楽や自己保存の肉体本能的立ち位置からしか、人間自身を認識することが出来ないものです。

そうした意識の平野を俯瞰し、その有り様の全貌を見渡すためには、自分自身が感情想念の平野を離れて、三次元の高いところ、例えば富士山頂のようなところに立って、下界の有り様を俯瞰することは、状況を冷静に、正確に認識するために有効なことでありますが、そこに次元の奥行きを加えた意識視野がなければ、それはあくまでも上っ面の認識でしかありません。

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頂きの視界に次元の奥行きを

次元の奥行きを加えた意識視野とは、例えば一人の人を観る場合に、その表面に表れた肉体や、その振る舞い、表情、雰囲気、話し方、話す内容等から類推されるその人の内側だけではなく、その前世・過去世や、魂や星の系統、霊体がある表れの本住天地、その神性の根源的働き(七つの系統)、大元におけるワンネスの状態等々、様々なものを、一瞬のうちに俯瞰して観れる意識視野であります。

それは、例えれば、人間を上からも下からも、右からも左からも、輪切りにした断面も、その肉体を形成する物質の霊的奥行きも、すべてが同時に見えるような観え方です。

そのなかでも一番大事なことは、ワンネスの状態をハッキリと本質として観ることであります。人間の本質である神性を、見た人や物、生物等のなかに観じ、その本質を見失わないことができれば、人はこの世的苦悩の一切から抜け出して、清々しい気持ちで生きることが出来るものであります。

そのような認識の仕方を身につけるために最も有効な生き方は、いつも申しますように、常時の呼吸を深くして生きることであります。特別に改まって行うのではなく、いつもの呼吸、普段の呼吸を深くするよう、それを継続するよう、意識的に呼吸を行う、ただそれだけを繰り返し継続しているだけで、意識が感情想念へのとらわれから離れるだけでなく、霊性・神性の次元の深みが加わった意識に、次元上昇してしまうのであります。

常日頃から深い呼吸を継続することは、巧まずして意識進化を成す、最も有効で、最も簡単な方法であると言えるのであります。