欲をアセンションさせるとき

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世界は欲によって発展してきた

精神的なことを大切に考えて生きる人のなかには、「欲望はつつしまなければならない」とか、「欲深いことを思ってはならない」などと言う人がいますが、果たしてそれは本当に正しい話でしょうか?

大局的な見地から観れば、この世の文明文化がここまで華開いた根底には、「こうしたい、ああしたい」、「こうなればいいな、どうすればなるだろうな」という様々な欲が、各時代の人類にあったからではないでしょうか。

地球世界がここまで来るまでの間には、幾つかの文明の興隆と滅亡がありましたが、その繰り返しのなかで、人類は生まれ変わりを重ねながら、生活の向上、利便性の追求、社会の発展、自分自身の意識進化に力を尽くしてきました。

そうした歴史の進展のなかで、一人一人の力は小さくとも、誰かの発明発見や生活の知恵をさらに進歩させるような新たな発明発見や知恵が積み重ねられて、いろいろと便利なものが産み出されて、私たちの生活が随分と過ごしやすいものになってきたことは、どなたにもわかることだと思います。

ここでひとつ、例をあげてみましょう。例えば飛行機が出来たという事実です。

飛行機が出来て、海の彼方、陸の彼方の他国へ行くのに、昔は何十日、何百日、場合によっては何年もかけて到着していたのが、場所によってはわずか数時間、地球の裏側でも各種移動時間を含め、数日以内で到着できるようになりましたが、その始まりは、「空を飛べたらいいな」という一人の人の願い(欲、望み)がそもそもの始まりでした。

また、近年の話としては、携帯電話やパーソナルコンピュータ等の進展があります。

昭和の後半に自動車電話が出回るまでは、私たちのような庶民が、移動しながらや公衆電話もないような場所にいながら、家族や友人・知人等と、思い立ったその場で即会話が出来るなどということは、思いもよらないことでした。

その自動車電話が、今では携帯電話になり、多くの人がその利便性の恩恵に浴していることは、周知の事実であります。

また、パーソナルコンピュータ、いわゆるパソコンも、私が少年の頃にはありませんでした。当時あったコンピュータは、とても大きな、専門のプログラミング知識がなければ扱えないようなもので、現在のように、個人が手軽に扱え、クリエィティビティを具現化出来るような状況は、夢のようなことであります。

それが数十年後の今日、パソコンと電話が合体したスマートフォンのような機器が作り出され、専門知識のないような人でも簡単に使いこなせていることも、「こういうものがあったら便利だな」という、人類の欲の産物であります。

携帯電話が作り出されたことに関してひとつ付け加えますと、これは近未来に、地球人類がテレパシーで交流するに至る流れのプロセスでありまして、やがてはそうした機器を持ち歩かなくとも、人々は互いの意思を疎通し合い、より利便性の増した交流を行うようになってゆくのであります。

それによって、人類生活の利便性が増したという意味では、前記のような幾つかの例における経緯をかいつまんでみても、欲を望み持つことのすべてがいけないとは、断言出来ないことは明らかです。

善人が欲を忌み嫌うに至った経緯

すべての人に当てはまることではありませんが、日本人のうち、善人と呼ばれるような人が、欲をもつことに罪悪感を感じるようになってしまったのにも、そこに至る経緯があります。

欲を謳歌する人がのさばり、善人がすみっこで小さく生きるようになったのは、“人はすべからく肉体性のものである”という、誤った人間観が永い歴史のなかでつちかわれ、その結果、多くの人が自己中心的な欲を持ち、いのちの光の世界にある無限なるすべてを縦取りすることを忘れ、有限のこの世のなかで、横取りし合うような形になってしまったからでありまして、各時代の善人たちは、その様相を見るに見かねて、「欲を持つことはいけないことだ」、「欲深いことはよくないことなんだ」という思考の癖が形成され、善なる性質をもつ人たちの集合意識層に集積されてきたのであります。

8月3日

欲を持つことはいけないことではない

  • 欲がなければ、この世の中の進展はなかった
  • 誤った人間観に基づく自己中心的な欲望が、社会の不調和を生み出してきた

この二点をかえりみただけで、私たちが今後、どのような欲を持てばよいのかが観えてきます。

それは、

  • 調和をもたらす欲
  • 不調和をもたらさない欲
  • 進歩や進化をもたらす欲
  • 社会のあり方を退化させない欲
  • 利便性をもたらす欲
  • 全体に繁栄をもたらす欲
  • 自己の本質を顕さんとする欲

等々であります。

要は、大調和という宇宙法則に則った願いや欲であれば、オールOKなのであります。

なぜならば、善人たちがそのような欲を持つことこそが、地球世界に進歩をもたらし、やがては地球世界全体のアセンションを果たさせしめる原動力になるからです。

欲をアセンションさせるときは今

現代では《欲望》や《願望》といった言葉は、誤った人間観を元にした善悪混同のとらえ方によって、言葉に込められた波動が汚されてしまいました。

今こそ、真理に根ざした欲を望みもつという、欲望や願望が本来もつ言霊をよみがえらせる時旬であります。

欲をアセンションさせるのです。

その方法は、正しい人間観・生命観をもって、みずからのいのちの本質を積極的に現して生きることであります。

そうすることで善人たちが、誰をも不幸にせず、すべてに益する正しい欲を使いこなせる時代へと変わってゆくのであります。

真理に根ざした欲を、次から次へと形に現すのです。

そのために必要な物・人・場は、すでに用意されているのです。

それらは、あなたの気づきとともに、順々に現実化してきます。

それは、みずからの生命エネルギーが本来持っている、無限なる創造力が発動した結果としてです。

現在の立場や環境から逃げず、みずからの認識を次元上昇させることで、あなたの世界は変わるのです。

結果として、立場や環境が変わるかも知れませんし、周囲がこれまで以上に調和することで幸福になるかも知れません。

とにもかくにも、自分が変われば世界が変わるのです。

ハイアーセルフと一体化した意識で生きてさえいれば、すべてが調えられてゆくのです。

そうすることに遠慮はいらないのです。

自信をもって行動していいのです。

真理を顕した己を渇望するのです。

生命の本体・本心を、今こそ肉体に顕現するのです。

現在の地球は、昔の人が難行苦行して、何生かけても出来なかったことが、今生の人生でかなう次元に、すでに入っているのです。

「立派な人になりたい」と思うのも立派な欲です。

はじめは違和感があったとしても、そのように振る舞いつづけていれば、何年も何十年も諦めず、継続しつづけてさえいれば、やがては本物に近づいてゆきます。

必ずです。

なぜなら、それが生命の本質だからです。

意識進化の螺旋をのぼり、神性そのものの自分自身を現実化させるのです。

その時は今なのであります。