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霊体と肉体の隙間を無くそう

アセンションとは、言ってみれば肉体と霊体の間に隙間がなくなり、霊体の上に直接肉体をまとっている状態になることです。

アセンション以前の人間のボディは、光そのものの神体に霊体を着て、その上に幽体を着て、そのさらに上に肉体をまとっていました。アセンション後の人間のボディは、これまでの《肉体 → 幽体 → 霊体 → 神体》という在り方から、《肉体 → 霊体 → 神体》というシンプルな体になります。

幽体があるうちは、感情想念に流されるものですが、アセンションして幽体が無くなると、感情想念に流されて本心本体を見失う意識波長領域の居場所も同時に無くなります。ですので、誰もがとらわれのない心境、もしくはそれに近い心境で生きる世界になるのであります。アセンションの途上にあっては、もしも自分が感情想念に流され理性を見失うことがあった場合には、深い深い呼吸を継続して鎮魂を行い、霊体か神体に意識を置くことが大切です。

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ここで、隙間の境涯ということについて説明いたします。霊体と肉体の間に幽体という隙間があるうちは、人は人ではなく、どう転がってみても人間です。“間”があるのです。この《間》の境涯、即ち人間であるうちは、よく転べば《真》につながり、自己の本質探求に至りますが、一歩間違うと《魔》となり、感情欲望の虜になり果てます。ですので、人間領域(肉体と幽体に張り付いた感情想念意識)の段階にとどまっているうちは、「自分はもう何でもわかった。もう私はアセンションした」などとは思わぬことです。そこは未だ二元対立観の世界であり、よいものと悪いものが表裏一体化した世界なのです。自分の意識の立ち位置によって、正義が悪になり、悪が正義になる世界です。お互いがそこに身を置く限り、この世界の争いや誤解がなくなることはありません。そこは、言ってみれば平面の世界であり、立体的に物事を判断する意識指標がないのです。

アセンションするということは、あらゆる立場を自分の掌のうえに置いて、俯瞰できる意識状態になるということです。言い換えれば、自分の意識のある次元世界(天地)を含んで、そこより下の階層のあらゆる存在が自分の外ではなく内にあると認識できる意識状態になるということです。(自分の意識より上の階層については、頭で理解はしていても、体験を伴わないために、ほんとうにわかったということにはなりません)

みずからの想い・常住想念が、自分と他人、自分と外面世界のあらゆるモノを別々の存在としか認識できない意識領域(ワンネスを実感できないでいる状態)にある場合には、己の表面意識が肉体と幽体に張り付いている平面的(二次元的)な階層にとどまっているということです。そこのところをよくよく正直に見極めて、常に己の想念行為を反省し改めながら生きることは、「つまらない」と感じるかも知れませんが、アセンションの道のりを進むうえでは、避けてとおることの出来ぬ大切な段階なのであります。

意識が肉体界と幽界に想いが張り付いた階層にあるか、そこを解脱しているかということについては、算数の問題解答能力で例えることができます。算数において、≪ 10 × 0 ≫の解答がどうして0になるのかがわからないでいるレベルは、未だ幽体という隙間の境涯で迷っている、悩んでいるのと同じ境涯なのであります。何故かと申しますと、どうしてそうなるのかが一瞬のうちにスッキリとわかれば、解答を導き出そうと思い悩むことがありません。≪ 10 × 0 = 0 ≫と、パッと解答が出てくるということは、思い悩む《間(時間の隙間)》がないわけです。それと同じように、幽体(悩む)という隙間が無くなれば、霊体と肉体が間断なく結びついた状態、霊肉一致の真人の状態になって、すべての事柄をいのちの光から直通して顕れる第一直観によって、パッパッパッと処理することができるようになるのであります。

大事なことなので繰り返しますが、幽体がなくなれば霊体が直接肉体に入るようになります。それが、アセンションするということであり、次元上昇したということです。その鍵は、一にも二にも自らの《意識進化》にあるのであります。