Sponsored link

内在していた神性の甦り

神性復興、神性復活、神性復古、次元上昇、アセンション・・・。

いま日本中で、世界の各所で、数は少ないながらもそうした言葉が行き交い、人々の記憶の奥に眠っていた《いのちの光の意識そのもの》が顕在意識に甦り始めています。

現在、地球上の人類意識に起こっている現象のうち、最大の出来事は、《内在していた神性の甦り》、この一点に尽きます。

この内在していた神性の甦りは、すべての地球人の心身のうえにもれなく起こっています。

そのなかでも一番わかりやすい過去との違い・変化は、《隠し事が通用しなくなった》ことではないでしょうか。

そのことは、日々のニュースを丹念に見つめている人ならば、誰でもうなづけることだと思います。

次元上昇が顕在化する前の時代ならば隠しおおせた悪事が、すべて白日の下にさらされ表面化する現象が、地球上の各所で起こっています。

特に日本においては、その現象の現れは特に顕著です。

なぜなら日本という国は、国名にも表れているとおり、日の本、ひのもと、霊の元の国であり、精神性(霊性)と物質性(肉体性)の縦横のラインのうち、縦の流れ、精神性を重んずる民族性、天命が根底にあるため、地球世界の中でいの一番に、次元上昇の影響を受ける場所なのです。

この現象は、すべての人に起こってはいますが、表れの状態としては、一律ではありません。

なぜなら一人一人の常住想念が、過去も現在も同一である人は一人もいないからです。

バックボーンが違うので、一律の体験をする人はいないのです。

この内在していた神性の甦りは、ある日突然に起こる人もまれにありますが、多くの場合は気づかないうちに自然に甦っていて、気がついた時にはそうなっていた、というケースが多いようです。

少なくとも私の周囲では、そのような状況です。

内在していた神性の甦りは、宇宙法則である《調和》を逸脱した想念習慣が通用しない波動圏に意識が移行してゆくため、習慣の想いに流されている頻度が多い場合には、苦悩の境涯を通り抜けます。

私の場合はそうでした。

悩んで、苦しんで、もがいて、考えて、祈って、あがいて、また考えて、また祈って、を繰り返してゆくうちに、一条の光であるひらめきが脳裏に表面化しました。

その光は、自らの奥に初めからあった《いのちの光》でした。

内在の神性とは、いのちの光そのものの意識であり、自らを生かしている根源の力でもありました。

そのいのちの光によって、自らが自らを救うのです。

誰かに頼って、救われたような気になっても、それは自らが変わったからではなく、《依存にもとづく救われた感じ》でしかないので、未解答の魂の宿題、苦悩が、また形を変えて自らの前に現れてきます。

救われの初めの段階では、宗教に頼るのも、メンターに依存するのもしょうがありませんが、意識進化のある段階を超えた場合には、自立して自分の足で先へ進まなければなりません。

すべての答えは、自分のなかにあるのです。

それをつかむことは、誰にでもできます。

その鍵は、呼吸と言霊にあります。

いのちの光と一体であることを自覚できる自らの言葉とともに、深い呼吸を意識的、持続的に行い、魂を鎮めて、想念をいのちの光の領域にひたす訓練を行いつづければ、誰でも必ず神性が甦ります。

それは、特別なことではないのです。あれこれと想いを巡らせずに、ただただいつでもどこでもできる上記の訓練を持続するだけでいいのです。

そのうちに、誰もが気づくことがあります。

それは、私たち人類は、誰もがみないのちの光を運用して、宇宙創造のエネルギーが意図する大調和世界を、宇宙の星々に展開する使命をもった光そのものだったのだということです。

私たち人類は、単なる被造物ではありません。

内在する神性とは、造物主としての光の意識です。

だからこそ、すべての自然、動植物、あらゆる生命体に対して、彼らの天命が完うできる環境をつくってあげる責任があるのです。

宇宙意識の根幹は、《大調和》です。

宇宙の星々を運行する法則の根幹も《大調和》です。

聖徳太子の言葉として有名な《和を以て貴しとなす》を自らの生き方に顕した時、その人は神性を生きています。

調和しているかいないか、その一点の光に自らを照らして大和の道を生きる時、その人は宇宙法則に則って生きているのです。

その精神状態が、一番いのちの光が現れやすい状態だからです。

《内在していた神性の甦り》即ち《神性復活》とは、何も難しいことではなく、当たり前に《調和》を旨とした生き方を貫ける心身を持続できることなのです。

とはいっても、それが難しいからこそ世界は混沌としているわけで、この世界を一日も早く調和した状態に戻すためにも、一人でも多くの人が自らのいのちの光をそのまま顕して生きてゆけますように、と祈らずにいられません。