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希望のミライ(中編)

 前の同名記事

 

(前回の続き)

見えない導きの実例

それに関する実例をひとつ挙げよう。

ある地方に住む二人の子を持つ女性(ここでは母親と呼ぶ)が、定期検診で癌の早期発見をして病院に入院し、切除手術を受けることになった。

十日間ほどで退院できると医者からは言われていたため、夫と子どもたちには、「入院してる間不便をかけるけど、家の中のことをお願いね」とみんなに伝え入院した。

夫は入院後、何度か来てくれていたが子どもたちは一度も見舞いに来てくれていなかった。

六日目の夜、母親は病院のベッドの上で、「明日は子どもたちも夫もお休みだから、みんなでお見舞いに来てくれるだろう」とひとり決めしながら寝た。

そして迎えた当日の朝、「何時に来るかな」「まだ来ないな」「そろそろ来るかな」と想いそぞろに待つも、10時、12時、15時、17時……、いつまで待っても家族は来なかった。

母親は腹を立てた。

「自分がこんなに大変な目にあってるのに、休日に家族の誰も見舞いに来ないなんてあり得ない!」

夫に電話をかけ、「楽しみに待ってたのに誰も来なかった」と伝えたところ、「あいつら、お母さんはもうすぐ帰ってくるんでしょ。だったら大丈夫そうだし、お見舞いに行かなくてもいいよねって言って、みんな行かないって言うんだ」との返事。

そのとき母親は、「なんて薄情なの」と感情想念を乱したものの、電話を切ったあと、しばし想い巡らせ、ふと思い直した。

いわく、「みんなも私がいない間、家の中のことを協力してくれて大変だったんだろうし、被害者ぶるのはやめよう。大変なのは私だけじゃないんだ」

そう思うと、腹を立ててた自分が小さな人間に思えて笑えてきた。

見えない導きは心の動きを善導している

この話から見えない世界を観てわかることは、”感情想念を乱したものの、しばしののちに思い直した”その時点で、守護霊の大いなる愛の光がその人の心と体を包み込んで、意識の立ち位置を家族全員を俯瞰する立ち位置へと移行させたことで、自分の都合しか考えない精神状態から、知らない間に脱却出来ていたという事実だ。

子孫を護ろうとするハイアーセルフの愛は、時空を超えて多次元的に(過去が未来を、未来が過去を助けるというように)為されるものであるから、人間の表面意識では計り知れないものがあるものの、実際にそのようなことは、誰もの心の内側で日常茶飯のこととして行われている。

またその反面、特に親しい家族に対する想念言行について言えることなのだが、人は心を許した相手にほど、醜いカルマの実態(神性を外れた習慣性の想念、過去世から持ち越してきた魂の課題的想念言行)を素でぶつけがちだ。

それが証拠に、心閉ざせし相手に対してワガママなエゴをぶつける人の数は、相対的に見るとほとんどいない。

だがしかし、そのようなのどかな情景も、今は昔になりつつある。

というのは、自分の思い通りにいかないというだけの理由で、他人やペットや物に対して、すぐに当たり散らす人の数が年々増加の一途をたどっているからだ。

その理由は、地球の霊化が急速に進み、幽界止まりで起こっていた出来事が現世にも映り現れてきたことによる。(次回に続く)