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希望のミライ(後編)

 前の同名記事

 

(前回の続き)

幽界が表面化した時代のなかで

このような世界では、意識進化を志向して生きているか、または、その段階を超えて神性意識を生きているかの場合を除き、昨日の常識を今日の常識として生きる多くの人々の心にあっては、浮かび来る感情想念の抑制が次第にきかなくなってゆかざるを得ない。

肉体人間からすれば幽界にある幽体は、その人の潜在意識の蓄積場所であるから、これまでならばそこに抑圧した想いは簡単には表に表れ出ては来なかったのだが、事ここに至り潜在意識が表面化してきた今、忍耐だとかコントロールだとか、悠長なことを言っていられない世界になってきた。

何故ならば、幽界では想ったことと言動行為の間に隙間がなく、想ったことがすぐに行動に移されるからで、これが肉体界に展開されると、よほど心の練り上がった意識進化せし人以外は、エゴやカルマ想念を即その場でところ構わずぶちまけて、周囲に迷惑をかけることになる。

そのような意味では、今の世界は幽界の表面化した世界だともいえるのである。

現代に起こる人為的なテロ行為、毎日何処かで起こる事件や事故や各種ハラスメント等々の表面化の裏には、そのような理があるため、善良なる人々がすべての人の神性を認めようにも、そうした表面上の想念言行に目を奪われてしまい、全員に内在する神性をなかなか認められず、本質と現実のギャップに悩む人もいる。

希望のミライ ~ 個人の悟りとその上の救済力

しかし表面的には、どんなにワガママ放題な人にも、周囲に悪意なく迷惑をかける人にも、自分の想いを遂げるためには他者の心身を殺傷してさえも胸が痛まずいる人にも、そのような想いの蠢きの奥には、表面上の善人たちとなんら変わりのない、いのちの光(神性)が輝いている。

その事実を、すべからく人類に適用して観るためには、自分自身の意識を常に神域に置きつづける必要がある。

そのための方法が、生命の神聖を認める意識をベースにした深い呼吸の継続で、それを行っているうちに、知らず知らずのうちに、意識が神性そのものの顕れに変貌してゆく。

それは理想論でもなんでもなく、いわゆる【鎮魂】が成就した意識状態で、意識の芯が臍下丹田におさまり、何もの何ごとにも動じない不動心の状態になり、チャクラがその時々の意識状態に応じて、適宜適時かつ適切に開いた状態になるのである。

霊化が進行しつつある今は、本当の真理を心身そのみに修めれば、誰かに師事しなくても、当たり前の日常生活のなかで誰もが悟りを開ける。

それをいつもの言葉で言えば、ひたすら志向してきた意識進化が成就することを意味している。

ここまで霊化が進んだ現代は、特別な修業などをしなくとも、誰かに心酔し依存しなくとも、とりたてて神仏にすがらなくとも、神性想念をベースにした深い呼吸の継続ひとつで、悟りを開くくらいのことなら自分の意志で出来る時代だ。

そのうえで、「すべての人が幸せに生きる世界を創りたい。人類の神性復活を後方支援したうえで、すべての自然と生物を守りたい」と望む人には、その先の救済力あるメソッドがあるにはあるが、それを見つけるには、自分の心の声に従って、自発的閃きのなかで具体的に見つけるのがよい。(自発的に求め吸収して行動におさめたことは自分の血肉になるが、人から受け身で教わったことはほとんど身につかないため)

ヒントは、そこにも、あそこにも、ここにも、そこかしこに転がっている。

ひとつだけ言えることは、希望を胸に生きている人の未来は、ハイアーセルフと一体化しているため明るいということ。

地球世界の未来がキボウに満ちている実態が、誰の目にも周知の事実となる日は近い。(終わり)