いのちの光を発揮した生き方を

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人は本来真理そのもの

真理とは読んで字のごとく、『まことのことわり』です。

その真の理を人が求めることは、とても自然なことであります。

しかしそれは、今が非真理だから真理の人になりたいというような“ないものねだり”をすることではありません。

人間ならば誰もがその存在の本質として、標準装備で持っているものです。

もっとハッキリいえば真理とは、森羅万象を創り出し、宇宙をあらしめている元のエネルギーの在り方を指していうのであります。

そして繰り返しますが、人類の心身には、宇宙を創造したエネルギー、真理が凝縮して内包されているのです。

だから人は元来、真理のひびきそのものなのであります。

この真理の力を、地球へ来てからの人類は、己自身が元々持っていたことをいつしか忘れ果ててしまいました。

忘れ果てて以降の人類は、ある人は無軌道に、またある人は真理へ回帰しようとして、またごく一握りの一部の人は真理への回帰を先に果たし、後進の道案内役となり、永い歴史のなかで生まれ変わりを繰り返し、今日の日を迎えました。

人の数だけ真理はあるか?

世の中には、「人の数だけ真理がある」という意味の言葉を語る向きがありますが、私はそれはまったく的外れな指摘であると観ています。

なぜならば、その意識レベル(善悪・強弱といった二元対立観、人は本質的にわかり合えることがないというごく浅い諦念)でいうところの“人の数だけの真理”は、実は真理そのものではありません。

それは、個々人の想念に拠る本質を離れた認識以外の何ものでもなく、立場が変われば当然のように見え方の違う状態をいうからであります。

その状態を正しい言葉で表現しますと、“人の数だけある認識”でありまして、それらの認識はどんなに良いものも悪いものも、想念によって映し出された、生命の根源に根ざすことのない、消え去るよりほかなき幻影なのであります。

保護主義台頭に見る真理の是非

例えば2017年1月20日、アメリカ合衆国は第45代大統領にドナルド・J・トランプ氏を選出しました。

その影響で世界各所の為替や株価が変動したり、パワーバランスに変化の兆しが見られるなどして、各国のマスコミなどが諸説紛々の状態で、正しい正しくない、賛成反対等々、世界の世論を二分しています。

これを真理の観点から見ると、『グローバル化の先にある融和社会へ向かおうとしている地球世界全体にとって、アメリカは一時的に退化の道を選択した』となります。

しかし、それはあくまでも単なる一過的な事実です。

それがいいとか悪いとか、正義だとか悪だとか、短絡的もしくは感情的な観点から論じるのは、これは先ほどの“人の数だけある認識”でありまして、真理の観点からの見方ではありません。

真理そのものは、そうした短絡的な批判や評価といったジャッジメントをしません。

ただ事実のみを照らし出すだけです。

宇宙はみずからを助くるものを助く

個々人のあり方をどうするかの権限・権能は、あくまでもその当事者にあるのであり、本来他の何ものもそれをジャッジしたり、覆したりする権利はないのであります。

誰も他を根本的に変えることが出来ないのです。

それを無理に行おうとするところに、いざこざが生じているのです。

それでは、相手をさらに抑圧するだけなのです。

抑圧すれば抑圧されたエネルギーは、倍加された力で反動のエネルギーを放出するのです。

真理からいえば、人は(その集合体である国も)みずからが変わるしか、よりよい根本的な変化(進化)を得ることができないのです。

宇宙はみずからを助くるもののみを助く、なのであります。

そこの真理があいまいだからこそ、地球人は他人や他国を、自分や自国に都合のよいように変えようと画策してきたのです。

そうした他を変えようとするところに、いさかいの種が産まれ、対立や征服行為となり、果ては、戦争やテロといった“陽の人災”や天変地異という“陰の人災”となって、ある特定地域や世界全体を覆う暗雲として、地球の未来に暗い影を落としているのであります。

真理は調和の別名なり

真理を違う言葉で一言で簡潔に表現すれば、調和であり、【調和裡のうちにすべてを生成発展させること】ができるのが、真の理の特徴であります。

宇宙のすべてが、この調和の法則によって運行されているのです。

カルマ想念という名のアルコールを浴びるほど呑んで、真理の視力を麻痺し低下させ、しらふではない精神状態を維持しているかぎりは、そうした宇宙の運行に則って生きることはかないません。

それが真の調和、即ち全体の発展を導き出さないものであるならば、表面的には立派な、いかなる言説も思想も、“消え去るよりほかなき幻想”、“ヨッパライノタワゴト”でしかないのであります。

真理に目覚めた私たちは、真理の観点に立ち、地球の未来に明るい道筋をつける想念・言葉・行為に従事してゆきましょう。

それが、《いのちの光》を顕した生活、生き方なのであります。

真理の視力を回復すれば

カルマ想念の酔いから醒めて、真理を見極め、みずからに顕して生きることができる“真理の視力”を回復すると、それが誰にでも可能なのであります。

そしてその《いのちの光》を顕した生き方こそが、日本に古来より元々根づいていた『八百万の神々の末としての生き方』です。

まずは日本人がその生き方を思い出し、みずからに顕して生きることができれば、そうした人が一人でも多くなってゆけば、世界全体は保護主義を乗り越え、真に助け合い、高め合うことができるのであります。

人類の酔いを醒ますために

誰かが、どこかの国が、そうした人間本来の生き方を先に思い出し、世界人類に示してゆく必要があります。

それが、大和の精神を持つ人々なのであります。

地球人類の頭は堅物なのです。

前例のないことは認めがたい想いがこびりつきにこびりついていて、未だ誰も成していない生き方を肯定することができないのです。

宇宙人類の出現も、そうした地球人の意識を目覚めさせる意図があります。

その日は遅からずやってきますが、その時の混乱を最小限に収めるためにも、地球人側に宇宙人の生き方が実現可能な、前例のある事実であることを証明する人々が必要なのです。

その数は、多ければ多いほどよいのです。

なぜならば、頑迷な地球人類の心の酔いを醒ますには、その力が強ければ強いほど効果的であるからです。

みずからの意識が己の世界をつくっている事実を知って、無限なる生命の力を使いこなして自己実現(神性開発)を果たしている人が増えれば増えるほど、人類世界の迷いが醒める日は近づきます。

その日を1年後にするか、5年後にするか、10年後にするか、それとももっと先の数十年後にするか、このことはひとえに、真理を思い出し、人生に活用し、輝かしい生き方を周囲に示す人たちの肩にかかっているのであります。

そうした人々の仲間入りを果たす人が一人でも増えるよう、今日も人類すべての本来神性を観じ、断末魔のあがきをなすカルマ想念群を「消え去りゆく」と観て栄養を与えず天に還元し、みずからは生命の光をまっすぐに発現して生きてゆきましょう。