いのちのメッセージ10

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 ほとんどの場合に、人間がこの世に生まれてきて生活してゆくなかで、霊界での記憶や前世の記憶を忘れてしまうのは、今生を生きるうえで、それらの記憶が何の役にも立たないからである。

 その人にとって過去世の記憶が真実に必要な場合には、ハイアーセルフが必要に応じて見せることもあるが、そうしたケースはほとんどない。意識進化にとって、過去世・前世の記憶などは無用の長物である。

 後ろを見ながら前へ進むことが不自然かつ歩きにくいように、前を見ながら未来へ進むのが自然で真っ当な生き方である。

 前世診断などのスピリチュアル難民向けの商売人がたくさんいるが、それらはほぼ偽物である。彼らが何を見て、どのように教えているのかというと、何も見えずに適当なことを言っているか、来た人の潜在意識を見て、それらを組み立てて独自のストーリーを作っているのである。彼らに見てもらう機会がある場合は、あくまで彼らのフィルターを通した物語を聞かせられることを認識すべきである。多くの人が魂の自立を志向するようになれば、そのようなスピリチュアルごっこは、自然にこの世から消えてゆくのだが。

 意識進化の道のりは、当たり前のことが当たり前に継続できるだけでも、ユックリながら前へ進んでゆけるものである。現代では、それにプラスして《生命の実相》を知り、なおかつ、それにとらわれない意識へ向かっている精神状態の持ち主であることが望ましい。

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 神秘的なことなど望まないことだ。そうすれば宇宙の叡智は、魂の深奥から溢れ出てくるものである。《浅知恵を捨てざれば叡智を得ず》である。

 「ああでもない、こうでもない」、「そうなればいい、どうなればいい」と、想いをこねくり回して、心の太陽を曇らせるな。

 明るくサッパリとして常に前向きな意識は、天意そのものである。

 清くサラサラと流れる清流のような想念は、幽体に汚れをためない。

 器が四角なら四角く、器が丸ならばまん丸くのように、個我のこだわりがない人は、水の心を生きている。それは、とらわれからの解脱を果たしている心境である。