いのちのメッセージ104 ~ 第一直観のこと

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第一直観とは

 思考を停止した(考えることから離れた)ときに、突如として脳裏に閃く直観を第一直観という。

 第一直観とは、いのちの光の世界から流れ来る、精妙なる真理の波動である。

 思考のなかで試行錯誤している最中に、「ああじゃないか、こうじゃないか」と思い浮かぶ考えを第一直観とは呼ばない。

なぜなら思い悩み、考えを巡らしている時点で、すでに第一番目の直観ではなくなっているからである。

また、そのような思考のなかで思い巡らされる考えは、利害感情や損得勘定のようなエゴイスティック邪(よこしま)な考えが入り込んでしまっているため、そもそも《いのちの光》の世界から流れ来る精妙なる真理の波動をキャッチし得ない。

 第一直観とは肉体頭脳の側から思い観れば、自分が自分だと思い込んでいる表面意識のコントロール下を離れた、はるか生命の奥から流れくる《宇宙創造のエネルギー》である。

 「苦労はしたくない」、「楽をしたい」といった想いをもちながら、最高の結果だけをつまみ食いしようとする思考パターンのクセをもっている場合には、どんなに努力をしてみたところで、すべてを活かす最善至高の第一直観が導き出されることはない。

第一直観とは、自らを磨き高め上げ、全体の調和をはかる想念行為に人事を尽くした末に、心の奥の天から与えられる光の褒美ともいえるものであるからである。

それは何も、天下国家のことをいつも思わなければいけないということではない。

家庭のなかにあって、子どもの健やかな発育を願い、「今夜の食事を栄養のバランスが取れたものにするために、何をこしらえたらよいだろうか」と、愛の祈りを込めて食事の準備にいのちを燃やすような、ささやかな個人の暮らしに関することも第一直観の対象範囲内に含まれる。

280913

第一直観を導き出す方法

 第一直観を導き出す基礎は、仕事でも家事でも勉強でも、最善の結果を導き出すための努力を惜しまないこと。

 労をいとわず、惰気だきに流されず、いのちの光の世界に心の足をしっかと置いて、地道に歩を進めること。

 第一直観は人智ではないため、理屈や前例にとらわれた想いの上着を脱ぎ捨て、裸の心で事に当たると導き出されやすい。

 第一直観を導き出す二つの心構え

  • 何事にぶち当たってもあきらめない
  • 可能性を信じつづける意志力をもつ

 第一直観が発揮されるタイミングはハイアーセルフにお任せし、肉体人間側としては人事を尽くすことのみに注力し、性急な期待を抱かず、必ず第一直観が導き出されることを信じて、淡々と為すべきことを成しつづけること。

※追記
世の中の発展に役立った過去の発明・発見は、すべて第一直観から生まれている。すべての発明・発見はその第一直観を元にして、それを現実化するプロセスとして、過去の論理体系を精査し、推測・推理・試行錯誤を重ねた末に理論化され、正しい手順を踏めば誰にでも再現可能なものとして世に出されている。

そのような偉業を成し遂げようとせずとも、第一直観は個人個人の生活を潤す潤滑油となるため、誰もが第一直観を正しく身につけ、日常に生かすことが望ましい。

また第一直観が身につくためには、小さな成功体験の積み重ねが必要である。努力の無いところに成功は無いため、まずは、日常生活にかかわる小さなことから始め、コツを身につけた後に応用範囲を広げるとよい。