いのちのメッセージ116 神域の意識で過ごす

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神域の意識で生きる

 神域の意識を発揮して生きている人は、この世の動向に右往左往する世間の雰囲気に流されることなく、截然せつぜんとした真理の響きを顕し生きている。

 肉体に張り付いた想いで惰性的に生きているときには、人はこの世の動向に右往左往する世間の雰囲気に流されて、漠然と時を過ごしてしまっている。

 時間を活かすか活かさないかは、これひとえに、意識的に生きているか否かにかかっている。

それぞれの場所やシチュエーションで

 街を移動するときには、特に神域のなかに意識を置くことを心がけて、希望の光を振りまきながら移動しよう。

 家にいるときは、常住意識を神域に置いて、潜在意識層に光を放射しながら深い呼吸を持続しよう。

 テレビやその他メディアを見聞して、どんなに悲観的・否定的・絶望的な波が表面意識にかかってきても、それらの波にさらわれることのない神性意識を確立しよう。

無言の祈り

 たとえ99%の正義がその言論にあろうとも、1%のカルマ波動がそこに潜んでいる場合には、人間同士における他者への悪しき評価(批判や悪口や拒絶反応)には、無言の祈りで応えよう。そこで相手の波にさらわれて、良し悪しのジャッジを自身も同意して表明することは、二元対立の意識階層に降りて、泥の掛け合いに参加する愚行である。

 あなたが無言の祈りをするとき、あなたに係わる人たちも同時にその光を浴びて、誰知らぬうちに彼らが神性意識に帰りやすくなるサポートをなしている。

 脳裡に浮かび来る厭世的な想いの波は、光明の言霊を伴った無言の祈りで上書き保存し直そう。

 すべては完全なる調和に至るプロセスであり、すべての出来事はただ単に、よくなるために表面化しているに過ぎないもの。それゆえ、どのような出来事の奥にも神性の輝きを見出して、みずからは真愛なる無言の祈りに徹して過ごそう。