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いのちのメッセージ117 真の許し 他

真の罪滅ぼし

 過去の罪を真に償うということは、他者や国家に対して何かの償いをしなければならないといった類のものではなく、みずからのいのちに対して行うべきものである。

それ即ち、他の誰も変わることのできない“心のクリーニング”をひたすら行いつづけること。

そして、新しく真善美の想念行為を積み重ねることである。

みずからの出した想念ゴミや、そこから派生した誤てる言動行為は、自分自身がすべて処理して片付けるのが、宇宙共通のルールである。

 みずからのいのちを綺麗にし保ち生きることを、真の罪滅ぼしという。

 この真の罪滅ぼしを肉体感覚で見るとき、それが他者への謝罪や弁済、服役や罰金刑となって見え、自分以外の何かに対してそれを償っているように見えているだけである。

真の許し

 他人や国家や神仏が、どんなに大きな愛で自分の罪を許してくれても、みずからが自身を許さないかぎりにおいては、そこに真の許しは生じ得ない。

自分の罪とは、神性を忘れ果て、誤った想念行為を積み重ね、暗い運命、病気の運命、不幸な運命等を造り出してしまったことであり、真の許しとは、今を神性意識で生きることによって、輝かしい運命を創出することである。

 人が非真理の行為に突き進むのは、真の許しを知らずにみずからをプロテクトして、どこへ向かえばいいのか見当もつかないまま、個我(自己中心的欲望)想念の暗雲のなかで迷走して、自他に迷惑を及ぼしている姿である。

 自分を真に許すことができれば、他者を許すことがわけなくできる理由は、他人に自身の許せない部分を映し見ていた理による。

 他人を許せないという想いのケースを客観的に見ると、本当に相手を忌み嫌い、拒絶や反発をしている人は一人もいなく、誰もがただただ自身を忌み嫌う拒絶や反発の底なし沼でもがいていただけである。

 人はみずからを、本当に心の底から許すことができれば、宇宙を貫き統治している生命真理を受け入れ、自身の人生に顕現することができる。

真の自由

 真の自由への第一歩は、自分を真に許すところから始まる。

自分を真に許せば、他者を許すことはわけもなくでき、自身を不自由たらしめていた、あらゆる束縛・思い込み・勘違い・決め付けから解放されて、真の自由へ至る道を歩み出すことができる。

 自分をねぎらい、いたわり、認め、感謝し、愛して、愛して、愛し抜けば、人は必ず自分から許されて、真の自由を得るものである。(自分を真に愛するということは、すべての決め付けを神性意識で包み込んで溶かし去り、生命本来の真善美をみずからに顕し生きること)