スポンサーリンク

いのちのメッセージ121 心の垢落とし

自他の心に守護霊の働きを観る 〜 神性人類として生きているか否かを観るひとつの基準

 人類全員が違いを認め合い、互いの心身に神性の顕れを観ることができるか否かは、ひとえに、互いの背後に守護霊心を観れるかどうか、そして守護霊心同士の交流ができるかどうかにかかっている。(どの意識レベルにあるかは、心眼で観れば一目瞭然)

神性意識と心の垢の識別

 自分の価値観の枠外にある生き方を、感情レベルにてにべもなく拒絶する想いは神性にあらず。

 拒絶(否定・批判・非難・妬み・やっかみ・憤怒・悲哀・諦め等々)の習慣性想念は、心の表皮にこびり付いた垢のようなもので、それはことごとくが生命エネルギーを誤用して発した想念である。

心の垢の落とし方

 心の垢が想いや言行に現れ出たときには、「ああ、これでまたひとつ心の垢が落ちた。有り難いなあ。守護霊さんが洗い落としてくれた」と思い、感謝の念に浸りきることがよい。

そうすれば、神性そのものではない想念が現れれば現れるほど、心皮にこびり付いた想いの垢がはがれ、心が清浄になってゆく。

 自他の言動行為に何をか想い、無用の評価を下してきたのは、神性そのものの生命意識ではなく、自他の神性を忘れ果てていた心の垢(習慣性の想念、肉体個我に凝り固まったカルマの波)の剥がれ落ちる姿だった。

神性=真我は常に全体の調和がために働く

 真我意識とは、全体の調和がためにのみ働き出る光の意識であり、個我のちっぽけな自己満足のために働き出ることはない。

 神性が現れ出る原理を知ったうえで、自己の脳裏をよぎる非神性の想いを見つめれば、それらの想いをいだいたままで自我意識のすべてを、いのちの大海原に昇華・還元することがたやすくなる。

ワンネス意識に還元すれば

 真にワンネスを実感したければ、“自分が自分だと信じて疑わなかった想いのすべてをいのちの大海原に解き放つ訓練”は必須作業である。

 神性の大海原に飛び込んでみれば、誰を許すも許さないもなく、何を受容するもしないもなく、初めからすべてを許し受容していた。

 多と現れ、他と観ずるすべては、内なる宇宙の一部だった。