いのちのメッセージ127 自他を感情想念から解放するために

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神性に根ざした感性を磨き出すために

 目の前にある“当たり前(だと思っている一期一会の奇蹟的恩恵)”にもっと感謝をしよう。

本当は、当たり前な事なんて、何ひとつないのだから。

 人間関係におけるイザコザのほとんどは、有り難さを感じる心本来の機能を麻痺をさせて、不平不満をフォーカスしてキャッチする感情部位を過剰に鋭敏化させているところにある。

 人間関係のイザコザにおける前記の要因が、個々人それぞれにあるところに、運命の糸がこんがらかる要因がある。

 「自分は正しく、相手は正しくない」といった類の思い込みほど、意識進化を阻害するものはない。

 例えば感情的な誤解を元にした毒想念を浴びせかけられたとき、人はたいがい相手と同じ土俵に乗って、ガップリと四つに組んでしまいがちだが、そのようなことを繰り返しているかぎりは、アセンション・意識進化はかなわない。

意識を感情想念から解放すれば神性が表面化する

 感情レベルの諍いに巻き込まれないコツは、みずからの守護霊心に意識周波数を合わせて、相手の守護霊の被守護体(護っている肉体人間)に対する霊性開発の導きがまっとうされるよう、応援の光を発すること。

 肉体こそが自分であり相手であると、思い違いをしているところに諍いが生じる。

 神性こそが人間の本質であることを、100%の当然認識にするためには、一人の人間における生命構造の事実を正しく知る必要がある。

 すべての人類がひとついのちの分かれであり、互いの特色を活かし合って、よりよい世界を構築するために生きているという、ワンネスの真実を当たり前の認識にするためにも、やはり生命構造の事実を正しく知ることは必須である。

 自他の生老病死に対して、いつまでもいたずらに感情想念を肥大させる人は、自我欲望や悲哀、不安恐怖、憎悪等の渦巻きから抜け出すことあたわず。

生老病死へのとらわれから解放された境涯にある“自由自在心”を思い出すためにも、自他の生命構造を正しく知ることがよい。