いのちのメッセージ128 不確実な科学と宗教の狭間での個の選択

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 生物の肉体と精神を左右するエネルギーの作用反作用に特化して観れば、現代における科学も宗教も、どちらの見解も不確実なものであり、どちらが正しくどちらが正しくないと断定できるものではない。

 その他のこの世に限定した物質同士の作用反作用の面から観れば、科学に軍配があがるが、ことが生命に関わるものに関しては、どっちもどっちである。

 現代までの宗教は玉石混淆であり、必ずしもすべてが生命の真実を開示しているとはいえない。

 生命の真実が科学的に開示されるときが来るまでは、科学といえども万能とはいえない。

 生命の真実が宗教的にも開示されるときが来るまでは、その説くところをなんでも鵜呑みにせず、本物の真理を見いだし見抜く真眼を磨かなければならない。

 こうした時代にあっては、世間一般に完治が困難と思われている病気治療の選択肢として、現代の先進医療を選択するか、代替医療と呼ばれる治療法を選択するかは、当人及びその家族の選択・決断・決定が尊重されるべきである。

 他者の選んだ人生上の選択肢とその生き方に対しては、他の何人もそれを批判・非難・評価する権利はない。

 他者の選択に基づく生き方は、それが傍から見てどのような感想が持たれようとも、その善悪正邪は誰にも決定し得ない。

 後悔すること必至ゆえ、自分の生き方における選択を、他者の言葉に左右されて、無責任に決めてはいけない。

 自分の選んだ道ならば、それが結果的に正しかろうがそうでなかろうが、納得できる結果を得るまでは、とことんまで実践することがよい。

そうすれば、たとえ廻り道を選んで生きたとしても、後には必ずその経験を糧として、自分の幅を拡げることができる。