いのちのメッセージ137 神聖を顕し生きている人とは

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神聖を顕し生きている人の種々相

 誰も彼もの生命の本性が神性であることを認めている人。

 人間想念に端を発する不調和な想念言行や、それらを元に現出している運命環境のすべてが、現れれば消え去る性質のものであることを知っている人。

 前記2項を基本認識として、今の自分が神性から発した想念言行を想い表し、運命の上書き保存を淡々と行う人。

 自分も他人(ひと)も大切にして生きる人。

 自分の運命はよくなるしかないと当然認識して、安心立命して生きている人。

 心を去来する想いのすべてが、いつも周囲の人の幸せ、国民全体の調和、世界人類すべての神性復興を願う想いに満ち溢れている人。

 他者に感じる想いのすべてを、みずからの内なる宇宙の反映と観て、不平・不満・不足・怒り・妬み・諦め・憎しみ等々の想いを他にぶつけず、心内の洗浄に努め光明意識で包み観る人。

 自己の尊厳を保ちながら、すべての大自然と生きとし生けるものを愛することが出来る人。

 すべての人は生命の根源でひとつに結ばれていることを知っている人。

 人類は本来、宇宙創造の叡智を協力して分け顕す存在であることを認め、自己の分け持つ天分を自覚して行い表す人。