いのちのメッセージ 144 生命の大道を生きる

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 肉体人類は、自分が自身をどう認識しているかを、他人に映し出して他人(ひと)事として感じている。

 神性人類は、体の外に現れたすべての現象や森羅万象を、内なる宇宙の投影として観ている。

 自分自身を神聖なる存在と認められて、人は初めて、他者をも神聖なる存在と認めることが出来る。

 己を敬いたっとぶことが出来ている人は、生命の神秘を開示する道を自然に歩むことが出来ている。

 自分事の観法は、みずからを磨き光り輝かせるためにあるのであって、他者にその観点を強要して誰かを責めるためにあるのではない。

 「自分さえよければ、近しい者さえ幸せなら、関係性の薄い者のことなどはどうでもよい」という旧態依然とした人生観の衣を脱ぎ捨てれば、人は誰でも個人と人類が同時に神性復興を成し遂げ得る”生命の大道”を生きるに到る。

 「誰某に何々された」という類の受け身かつ無責任な想いの使い方を卒業することが、意識進化した神性意識の領域に生きる秘訣だ。

 いのちのきらめきは、すべての不調和を消し去る。

 人は、明るく愛深い気持ちで、自分にも人にも接することがよい。

それ即ち、”いのちの光”を輝かせて生きること。

 すべてを自己の内に観て、拒絶も嫌悪も洗い浄めつつ、人類性の自他と森羅万象を抱擁して生きる人々は、すでに進化した星々の宇宙人類と同様の”生命の大道”を歩んでいる。