いのちのメッセージ 149 認識力 〜 幸不幸を分かつ精神エネルギー

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 幸せは陽気な心に降り注ぐ太陽であるから、希望に満ちた明るい意志で心を満たせば、誰もがその光に浴することが出来る。

 想念習慣が楽観的な人は、どんな境遇の中からでも希望を見いだすことが出来るし、どんな人間関係のなかにあっても幸せをつかみ取ることが出来る。

それは、楽観的思考が神性と同調するため、希望の光が降り注いで、喜びや楽しさが自然と成長する原理による。

 簡単に諦めてしまうような希望ならば、それは魂の奥から湧き上がり来る真実の希望ではない。

そんな取るに足らない想念遊戯にかまけている暇があるならば、命をかけて取り組める永遠の楽しみや喜びを見つけ出すことに時間を割くことだ。

 時間はすべての人に平等に与えられている。

その同一条件下にあって、ある程度の年齢(具体的には40代)になっても、生命の真実を探究してゆく喜悦やその楽しみ方の端緒に手が届かない人は、意識の用い方が根本的に誤っている。

その場合には、早急的喫緊の課題として、生き方の抜本改革が必須だといえる。

 自由の意味をはき違えてはいけない。

真の自由とは、愛と真善美に基づく大調和の宇宙法則下で、みずからの生命エネルギーを自在に発揮して生きることをいう。

宇宙法則を外れた意識で、全体を顧みず自我欲望の充足を志向するは真の自由にあらず。

そうした想いの持ち主は、相も変わらぬ二元対立軸にしがみ付いたその想念意識ゆえに、不和(波乱)を巻き起こす”宇宙の駄々っ子”である。

 大調和の宇宙法則を外れた想い、いわゆる自己中心的な発想は、生命の本来性とは程遠いがために、不幸と背中合わせな運命を造り出す。

 個々人の運命を真理の側から観れば、それがどのようなものであれ自己責任でつくり出していると断言できる。

この事実を感情想念を乱さずに直視し、認められるようになるまでには、幾千段階もの意識進化が必要ではあるが、神霊波動が肉体波動圏にシンクロナイズしつつある現代では、それをすべての人類がごく短時間の間に成し遂げることが可能である。

 何をどの角度から、どう捉え、どう認識し反応するか?

誰もがその選択・決断の自由を平等に与えられているがゆえに、今この瞬間を幸福と捉えるのも、不幸と捉えるのも、当人の意識次第(自由意志)である。

 今を前向きに捉え生きる人々の意識は、未来の土壌に明るい運命の種を蒔き育てているものであるから、必ずその恩恵を受け取ることが出来る。

 ここまで波動が精妙化した時代にあっては、「われに七難八苦を与えたまえ」と祈る必要は無い。

その想いの動きは、波動が粗かった時代の”祈りに名を借りたセルフインスパイアー”であるから、苦難と闘う必要のなくなった神霊意識の時代には似つかわしくない。

霊化した波動圏にある現代では、何をどう受け取るか、如何に認識するか次第で、目の前に展開されている現象の意味がまったく異なるため、創り出す後の運命をも天上的展開にも地獄絵的展開にも変えるのである。

個々人と地球全体の幸不幸うんめいを分かつものは、地球人類ひとりひとりの意識の運用なり。