いのちのメッセージ15

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 特定の名がつけられた神仏を崇め信奉する宗教思想は、宇宙時代にそぐわぬ過去の信仰形態である。

 地球人が信仰の対象としてきた、ありとあらゆるものをあらしめるすべての大元のエネルギー源は、近い将来に宇宙の科学により、すべての原子の根源の素粒子として解明されるときが来る。そのときに初めて地球人類は、神の名の正誤を競い合うことのバカバカしさに気がつくのである。

 何かを崇めなければ気が済まぬ人は、自らをあらしめる《いのち》を信奉するがよい。神はすべての人の内に《いのち》として在るものであり、それを顕現して生きることこそが、人類すべてに共通する天命である。

 宗教が世界を平和にできなかった理由は、信仰する個人の心の拠りどころ以上のものになり得なかったからである。それは、宗教で解説される真理というものを、科学的見地から解明できなかったことによるのである。全物質と全精神の在り方を次元の壁を超えて科学的に解明し、証明・実証できる時代になった暁には、すべての宗教が役割を終えて霧散するのである。

 宗教に縋らなくとも、他人にお金を払ってまで頼らなくとも、人は自らのいのちを発現することによって、どのような困難も乗り越えられるように設計されているのである。

futta1583m

 いのちの光、生命光は、自らを生かすエネルギー源である。

 肉体は、いのちの光の働きにより、生命がみずからの乗り物として物質化したものである。

 生命光が生命光のままであっては、形の世界における働きを為し得ない。故に宇宙は、物質体としてみずからを分け顕して活動をしているのである。

 すべての物質のうちに精神が宿っている。それは、道端の石にあっても同様である。

 肉体に執着する想念は、逆にいのちの働きを阻害して、肉体の健全な運行を損なっている。いのちの光のすごさ、細胞さんたちの偉大な働きを全面的に信じよ。肉の身の命のことは、すべてハイアーセルフがうまく調節しているのである。人間が為すべきことは、みずからの生命の働きを邪魔する感情想念群に巻き込まれずに、いのちの光を明るく輝かすことのみである。