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いのちのメッセージ 150 愛と真理の人になるために

 『愛の大元から生まれいで、愛を広げる人生を生き切り、愛の大元へと帰り着く(※その後に新たな展開が待っている)』のが、正しい意識運用の在り方である。

 観るべきことは、そこに愛があるかどうか。

愛なきすべては一過性の消え去りゆく姿であるため、それらに把われ、善し悪しを評価しても意味がない。

愛のみに焦点を合わせて、愛の波紋を広げよう。

 表面的に多様化し、複雑化してゆく社会の変化は、すべてが本質を表わすに至る一過性のプロセスに過ぎないため、そこに想いをとどめて執着する必要性はまったくない。

 みずからは愛から発した想念言行に勤しみつつ、他人の想念言行が如何様なものであろうと、”すべてを成長のプロセス”と観て、一方的に固定化した評価に踏みとどまらないこと。

 地球が最終進化の大団円へ向けた急速な霊化のプロセスにある今は、すべての人が神化創造への急成長の過程にあるため、昨日のその人が今日のその人でない場合もあるし、今日のその人が明日のその人でないようなことも起こり得る。
(逆に同じ境地にとどまりつづける選択をする人もある)

過去に下した一方的な固定評価に執着して世界を見る人は、往々にして自他を正しく認識することが出来ない。

 愛なき想念言行そのものや、愛なき想念言行を元に造られた商品、それらを元に決定された組織の施策、それらを元にした科学の応用、社会の動向、自然の状況、その他諸々の現れは、まるで永続性のない消え去りゆく幻影である。

真理

 混沌とした表面社会のあり方に生きづらさを感じていたり、複雑化する文明の有り様に想いがついて行けないと嘆いていたり等する想いは、物事の表面的変化のみに意識の焦点が定まり、それらがすべてのように見えている勘違いや一方的思い込みから生じているため、物事の道理を単純至極に見つめて、本質を俯瞰するよう訓練すると良い。

その方法は、意識あるかぎりの深き呼吸による。

常時の呼吸を深くすると、内観瞑想以上に意識を神域に置き、神性の叡智がほとばしり出る。

 本質ならざるすべての消え去りゆく事象を大空を流れ去る雲の如く観て、物事の本質のみに意識の焦点を合わせて生きよう。

 『真理の根源から生まれいで、真理のただなかを生き歩み、真理の根源へ帰り着く』のが、在るべきいのちの運用である。

 眼を閉じて観ずるべきは、その対象が真理のひびきに裏打ちされたものかどうか。

非真理と波長を合わさず、真理とのみ同調してゆけば、人は誰でも真理そのものの人になれる。