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いのちのメッセージ 152 ワンネスの認識に至るために

発想のあり方を根源的に見つめ直す

 大切なことは、発想の原点を何処に置くかということと、その発想があらゆる次元を貫いて、全方向通信の発信であるかどうか。

 発想の原点の在処が肉体界もしくは幽界にあるとき、人は二元対立ゆえの苦悩から逃れ得ない。

 人が意識を用いて何かの対象について思うとき、その想いが全方向通信の発想(発信想念)である場合には、発信と着信があらゆる角度と次元において双方向通信されているため、対象の全像と自己の間に乖離のない全体認識であるのに対して、狭小な一方通信の場合は、あらゆる角度と次元における風通しのよい発信にはなっていないため、まるっきり片寄った自己中心下の身勝手な認識になっている。

 対象と自己の間に生じがちな乖離を無くすためには、自分が自分だと信じて疑わない自意識を生命の大海に溶かし霧散させるのがよい。

そのための最善至高の方法が、常時の呼吸をユッタリと行いながら生きること。

 厳密に言えば、発想の原点が霊界レベルにとどまっている場合においても、みずからのよしとするこだわりや思い込みからは完全に卒業し切れていないため、完全なる全体認識からは遠い認識状態にあるものであるから、自己の意識を常に神域に置くよう努めること。

ワンネス ~ 生命の最奥に共有する宇宙

 人は発想の原点が神域にないかぎりは、いつまで経っても、ものごとを総合的に認識することが出来ない。

いわく、二元性の泥沼にてもがきつづける事態をみずからが選択し、その境界に甘んじているのである。

 ものごとを総合的に認識するということは、その対象を前からも後ろからも、上からも下からも、右からも左からも、なかからも外からも、すべてを瞬時に観ることができ、かつ各次元階層のすべての意識においても、前からも後ろからも、上からも下からも、右からも左からも、なかからも外からも、その対象を同時に観ている状態をいう。

 これまでの常識や記憶を元に判定する認識のあり方は、ものごとのすべてを、自己の肉体に張り付いた一方的な観点(自分の立場(感情)での角度と次元)からしか見ていないため、極めて不正確かつ不完全な認識だった。

 誰もがみずからの世界の創造者であるから、人はそのみずからの宇宙が、宇宙全人類の認識を包含する広さと深さ(次元の奥行きを含む)を有する宇宙であるよう、みずからの認識を磨き、深め広げ、高め上げなければならない。

 すべての人類が生命の最奥に共有する宇宙にこそ、ワンネスの認識がある。