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いのちのメッセージ 160 生命の真実を生きる

 人間を物(物体、物質)だと思って(考え)生きてきた人は、一刻も早く人間の本質や命の真実を探究し明らかにしなければならない。

 人間生命の究極の真実は、大宇宙に遍満するいのちの波動であり、それ以外の何ものでもない。

 『生きている』と表現できる状態は、心(意識)が肉体という器に入って活動している状態をいう。

 唯心思想と唯物思想の中間に位置して、感情に流されず、常時中庸を保てる意識こそが神性意識である。

 形而下に規定したすべての認識を、形而上の認識として規定し直したところから、霊化した時代のまったく新しい科学に基づいた生き方が始まる。

 物質波動で構成された肉体身の器に、どのような精神波動を溶かしむる(代入する)と、如何なる変化が肉体細胞に起こるのか、またそのとき、意識の主体が拠って立つ次元天地は如何ように移行遷移するのか等、そうした形而上に主眼を置いた思索を行なうことこそが、新時代の哲学における基礎的な考え方である。

 肉体波動から意識波動が分離する場面(=誰かの死)に、幾度となく遭遇してきたにもかかわらず、それでも「人とは肉体(物質的存在)である」と考える人間が相も変わらず存在しているのはなぜか?

この疑問への明確な回答を導き出せ、意識進化への明確な道筋を画き出せた人から順に、肉体波動を霊体波動に昇華した次元上昇せし人生が展開してゆく。

 この世にあっては、誰もが愛を求めているにもかかわらず、みずからが率先して愛の人たろうと想念言行するものは少ない。

特に権勢欲や虚栄心、自己憐憫の想い等で心を武装した人々にその傾向は顕著である。

 生きる苦しみ、老いる悩み、病いへの不安、死への恐怖。

この四大苦ごうを超越するためにこそ、心と体を活発に働かせ、心身の新陳代謝を促進させねばならない。

『すべての苦悩は波動の停滞から生ず』

この理を心身に修め、心と体の代謝作用を高めれば、おのずと生命本来の神聖が表面化するに到る。

 すべての人類の命は本来、宇宙全体のために奉仕して働きたいのである。

そのような本心がありながら、それを包み隠すカルマ心の垢の蓄積によって、多くの人々が自己中心的想念言動に終始していただけなのだ。

故に、心の垢を洗い流す生命大光明のシャワー(神性の言霊を含む言葉)を絶えずみずからに浴びせ心を洗い、意識の本質たる神体・光体をピカピカに磨き出すとよい。

 

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