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いのちのメッセージ 166 超常識と大調和世界

 人生を如何なるものと認識しているか。

それによって人は、幸福を感じもすれば不幸を感じもする。

「人生にはよいときもあれば悪いときもある」

貴方が人生に対してそのように定義しているならば、そう思ったとおりの人生を、これからも生きてゆくだろう。

 「人生は善きことのみ、素晴らしきことのみ、感謝せしことのみ。すべては完璧に調い、大調和している」と当然のように思える意識になる日までは、こうした意味の言霊をみずからが開発したうえで自分自身に言い聞かせる作業を、まずたゆまずコツコツと繰り返すことである。

継続は何にも勝る力なり。

 常識に縛られず、かといって非常識に陥ることなく、常識を超えて生きよ。

神性意識は、常識を乗り超えし超常識の領域にあるがゆえ。

 超常識を生きる秘訣の初歩は、常時の呼吸をできるかぎりユッタリとさせて生きることである。

そうしてさえいれば、頭頂のチャクラを開く準備が調うからだ。

その次の段階では、頭頂のチャクラを開きっぱなしにする専用の呼吸を行うのだが、それに関してはまた日を改めて伝う。

 意識の運用を工夫することだ。

心身に生命エネルギーが在るがままに流れるように一瞬一瞬の意識を用いる人は、常識を超えた境界から世界を観ているため、どんなに世相が暗くなっても流されることなく(生命の輝きを見失うことなく)、人々の本来神性をしっかりと認めながら生きることが出来る。

 出来ないと思うから出来ない。

無理だと思うから無理になる。

無意識状態の脳裏によぎり来る習慣性の想念を、「これは本来の自分の想いではない」と喝破し、「私には無限の能力がある。無限の可能性が私の中に秘められているのだ」とみずからを鼓舞し続けていれば、今までの個人的な常識を突き破り、ついには元来持てる無限の創造性を発揮するに至る。

 「食べなければ生きられない」という固定観念を超えたばかりの人は、過去の習慣通りに食べたことでおなかを壊す体験を繰り返すこともあろう。

そのプロセスを経て行うべきことは、これまでの食に関する常識の”腹八分”を、”腹三分”に塗り替えることだ。

食べることは必要悪ではなく、いのちの交流に必須の愛の交わりである。

 男女の交わりもまた必要悪ではなく、陰陽調和に役立つ愛の交流である。

但しそれは、あくまでも愛し合うもの同士の秘儀であり、おおっぴらに行うものではなく、誰とでも行ってよいものでもない。

 自由の意味をはき違えた現代人は、いったんは無秩序の極みへ偏りた後、究極の秩序を志向するに至る。

その究極の秩序を体現した人々が多く暮らしているのが日本である。

世界は日本人の多くが無意識的に体現している秩序意識を見ることを通して、八百万やおよろずの神性人類が住まう大調和世界に心惹かれてゆく。

そのようにして、日本から始まった神性復活への潮流は、海外から逆輸入され、日本人に根付いてゆき、それがまた海外に発信されることによって、世界人類の神性復活が加速してゆく。

 大調和した世界は、これまでの常識さえ非常識となった生命根源意識の中にある。

自分がどれだけいのちの光を表し生きているかを、常に意識して生きる人は幸いである。

その人は永遠の生命をすでに身に納めて、肉体に顕現しているのだから……。