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いのちのメッセージ 175 人の本来在るべき姿へ向かって

 他人ひとがどうしたかではなく、自分がどう思ったかである。

 うごめく感情思考を自分自身と切り離して観ることが出来れば、地上にありながらもその人は天国の住人である。

 「感情の繭に包まって己を主張していたのは、本当の自分ではなく消えゆく運命さだめの記憶の残骸だった」

そう思えたなら、貴方の苦悩はもう消えた。

おめでとう。

 人生の中で人は、他人の言動行為にいつか来た道を観て、記憶の坂道を行ったり来たりしながら、自分自身の把われを心底から解き放ち、真の自由自在性を心身につけてゆくものだ。

 誰がどうした彼がこうしたと、いつまでも粘着質に引っかかりなさんな。

そのようなことは、意識進化の妨げでありこそすれ、何ら一切みずからの神性を輝かすことには繋がらない。

 「自分は随分立派になった」と思ったなら、思った瞬間にすぐ気を引き締めよ。

人は視界が開けたその瞬間に、次なる目標地点が目の前に現れ、そこを目指して生きてゆかなければいけないように出来ている。

それが出来ない人は元来た道を下り落ち、また一からやり直しをしなければならない。

 ぬか喜びは意識進化の大敵である。

常に気持ちを神聖なるいのちの元に統一していれば、そのような想念感情は表れようがない。

 肉体人間という生物は、ついつい自分のことは棚にあげ、他人のことばかりを言い募りがちだ。

他人に感じるすべての想いは、自分に縁があって感じる想いなのだから、同時に自分自身にも向け、どっちもどっちだと知り、笑い飛ばすに尽きる。

 意識進化を志向して前へ進み続けてゆけば、そんなに遠くない将来、貴方は自己のいのちの全知全能性を知るだろう。

 貴方には、偉くなればなるほど謙虚になり、すべてを赦し受け入れる度量を身につけてほしい。

それこそが人の本来在るべき成長した姿であり、明日の地球に住む神性人類の生き方なのだから。

 

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