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いのちのメッセージ21

 今あなたがみずからを癒したいと心から願っているならば、あなたの手から、目から、《いのちの光のエネルギー》は絶えず湧き上がっているし、鼻口からは、《いのちの息吹》がそよいでいるのである。

 誰ものなかに元来在る《ヒーリングエネルギー》を受け入れるか、無いと決め付けるかは、本人次第である。それは、他人にお金を払い資格を得て、できるようになったりするようなものでは決してない。

 各人を真実に癒す《根本からのヒーリング》は、突きつめれば本人各位にしかできない。

 「自分の手から光が出ている」と思えば、いのちの光が肉体の手をとおして表れる。「目から光が出ている」と思えば、あなたの目からはいのちの光が放射されている。それらの光の放射を、無私の心で世界の調和のために使うならば、それらのエネルギーは無尽蔵に発揮されるものである。ただし、思えなければ何も生ずることはない。

 「根本的に他人を変えることなどできない」との真実を知ったうえで、受光者の生命エネルギーを引き出す呼び水の役割に徹する無償ヒーリングを行うならば、あなたが行うヒーリングは、その人を真に癒す最初の取っ掛かり、きっかけにはなるであろう。

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 生命エネルギーは、本来宇宙に無尽蔵に流れているものである。それは、「取り込みたい」と思えば自由に取り込め、「放射したい」と思えば自由に放射できるものである。それは、宇宙の調和を導く場合のみではあるのだが。

 《幽界レベルの念力波動》を“〇次元の光”などと名付けて対価を得る行為は、クライアントの人生を何ら益することのない自己満足の充足行為である。

 真実のヒーリングエネルギーの交流は、無私の愛の交流においてのみ生じるものである。お金のやり取りを介した類似行為(スピリチュアルヒーリングごっこ)において生じるのは、互いの表層想念の一時的な慰め合いの感情である。「慰めて差しあげた」、「慰めていただいた」という表面感情の満足は、意識深化・魂進化には、つゆほどの役にも立たぬものである。

 そのヒーリングを行うことが、本人の魂の向上に寄与するのかどうかを、本人の守護の神霊に必ずお伺いするように。それができないうちは、そのような行為は控えること。

 人は時に、おのが魂を大きくするために、わざわざ一時的苦難のなかに肉体を置き、みずからを磨いていることがある。それを互いの感情想念の利害が一致したからとて、邪魔立てするような疑似ヒーリングを行うことは、表面上は愛の行為のように思えようとも、実際には愛薄き行為以外の何ものでもない。それで痛みが引いたり、苦悩が緩和されたとて、所詮一時的なものでしかないのだ。ハイアーセルフは常に、永遠の生命観に立脚してみずからの魂を導いているのである。