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いのちのメッセージ25

 他人に対して感じる想いが反射鏡のように自分の事だと受け止められたなら、自己の内面はみるみるうちに調ってゆく。

 深い呼吸のリズムに乗って心を鎮めてゆくと、宇宙の呼吸が観ぜられてくる。

 「自分が自分だと思っていた想念は、実はほんとうの自分ではなかったんだ」と気づければ、それ以降の意識進化は急速に進展する。

 ほんとうの祈りはお願いごとなどではなく、言霊による人生創造である。何故ならば真実の祈り(意宣り)ある生活は、自己のいのちを十二分に発現して、みずからの人生を宣言どおりに導き自己実現を成して、己が天命を果たす生き方になっているからである。

 人生を左右するような大きな決断ほど、プロセスで誰かに相談したとしても、最後は截然としたみずからの意思で決断しよう。

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 「他人(ひと)に言われたからどうしたこうした」というような、一見自己決定ではないような決断も、よくよく観れば“他者に自己の権能を明け渡す”という、大きな決断を自分で下している。故に、どのような決断も最終的には自己責任に帰すのである。

 いのちの光は、ありとあらゆる想念を浄化し、天に還元する大光明である。生活で出たゴミをこまめに分別して捨ててゆくように、想念も逐次こまめに分別して、ゴミ想念が見つかったなら即座に《いのちの光》で焼却して生きよう。

 日常の掃除をシッカリと行なえている人は、心の整理整頓も上手である。

 若いうちは、「我なにゆえにここにあるや」とみずからの存在意義の探求をしていた人も、生活に追われているうちに、または、享楽を追いかけているうちに、自己探求の心を忘れ果て、日常の雑事に埋もれてゆく。いまからでも遅くない。いま何歳だろうとかまわない。「自分は何故ここにいるのだろう?」「なんのために私は生きているのだろう?」「私が生きている証とは?」等々を探求して、生きる意味を見出そう。そうやって自己探求をして、人生の目標・目的・生きがい等を見つけられた人は幸いだ。その人は、いくつになっても意識の瑞々しさを失わずに、いのちを輝かせて生きてゆくことができるのだから。

 UFOという言葉は死語である。円盤や宇宙船は、未確認飛行物体ではなく、実際に存在していて、多くの星々で活用されている乗り物である。