いのちのメッセージ4

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 とらわれのない心であることは、宇宙人類社会に仲間入りする最低限の条件である。

 想いを止めることは難しいが、とらわれのない心に近い状態、すぐに想いを手放せる心境になることは誰にでもできる。その方法は、感情想念と本源心(いのちの大海の意識波動)の見分けができるようになることで、そのためには、深い呼吸が自然にできていることも必須である。

 肉体に魂が入った状態で自らの神性開発を行うことは、例えて言えば、木材で仏像を彫って完成させるようなものである。彫刻刀を使って形を仕上げてゆくプロセスで出る削りカスが感情想念で、それは、いのちの光そのものではない。この事実を知ることは、とらわれのない心を修得するうえで、大きなヒントになるだろう。

 いのちはいつもサラサラと流しておくことがよい。

 いのちの流れが滞るところに、病気や不幸災難が現れる。それは、よどんだドブの異臭のようなものである。

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 水は、いのちの本源のひびきが物質として現れた存在である。水に感謝し、大切に使わせてもらうように。

 「感情想念そのものが自分ではなかったんだ」と心底から悟った人は、その内奥にあるいのちの世界に容易に進んでゆくことができる。

 感情想念領域を卒業して、いのちの光の世界に常住する人は、とらわれのない心を会得した人である。

 小学校を卒業して中学校に進学するように、感情想念を卒業して、いのちそのものの意識を生きよう。

 何事も自分のなかにとどめず、サバサバと手放して身軽な心でいることがよい。そのように練習してさえいれば、とらわれのない心になるのは、時間の問題である。そのためには、深い呼吸のなかに入り込んで、感情想念と本源心の区別をハッキリとつけて、客観的な視点で自らの意識状況を常に観察していることである。