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いのちのメッセージ44 ~ どのような状況のなかでも見失ってはならないこと

どのような状況のなかでも見失ってはならないこと

 小さな自我が浄化され尽くした世界に生きる人たちには主語がない。あえて主語を必要とする場面で使うとすれば《わたしたち》である。

 すべてを包み込む慈愛を、自己意識の標準装備にしよう。

 人類はこれから分類されてゆくという説がある。いわゆる救われる者と救われない者がふるいにかけられてゆくという立ち位置に立った観点であるが、その視界の天地は、未だ二元対立の世界である。真理の眼で観れば、これからの世界に起こり来る事態は、分離ではなく統合である。統合とは、人類意識が一なる生命の本質に、統(すべ)り合わさってゆくということで、その気があれば誰もがワンネスを、想いのうえだけではなく、体で体感できることである。そうでなければ、アセンション・次元上昇・意識進化は完遂できないのである。分離に焦点を合わさず、統合のなかへ意識をとけ込ませてゆけば、誰もが意識進化を果たし、アセンションできることは間違いない。

 もっともそうなデマを真実の情報のように流し、人類の意識進化を妨げることは、ここ数十年の未成仏霊たちの常套手段である。それらの情報を真実と信じ込み人々に吹聴する意識は、気づかずに彼らに利用されているだけである。人類が、高次の存在に憧れを抱いていると知れば、カタカナ名でさもありがちな宇宙名を名乗り、人々がキリストを待望していると知れば、キリストの名を語る。彼らは、自己のいのちの光を知らない人々が、そのデマに乗せられるのを見て、愉快な気分にひたっている。だからこそ、この世の浄化以前に、幽界以下のあの世を浄め切ることが重要なのである。その方法は、人間みずからがいのちの光をそのまま顕した生き方をすることである。無私の祈りをいつでも想いつづけている人は、世の高僧や聖職者以上に三界を浄めている真の聖者たちである。

 どのような状況が起ころうとも、すべてはワンネスに至るプロセスである。その一場面一場面に想いを張り付かせて、未来を悲観することはナンセンスなこと。常に大局的な観点から観ることができる《いのちの光>のなかに入り込むことだ。想いの手を闇のなかに出さないように。

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 すべては完璧に調い、統合してゆくプロセスである。途上の世界だけを見て、それがすべてだなどとは思わぬように。

 ものごとは、それがよいことであれ悪いことであれ、人間の認識がつくり出している。量子力学の観測問題を持ち出すまでもなく、何かに意識の焦点を合わせることは、そこにエネルギーを注ぎ込み、拡大して確かに存在させることである。

 何が起こっても驚かないように、今のうちに、深い呼吸を極めておくことがいい。

 他の星に心配をかけない地球になろう。それは、人類の集合意識が調和の方向に向かうことで実現する。

 みんなが幸せになりたいと思っている。幸せになりたくない人などいない。なのに、なぜ幸せになれないのか。原因を自らの内に、冷静な眼で見出せた人は、もう間もなく、有り難くて、勇気に充ちて、楽しくて、何ごとにも動じない世界へアセンションする。