いのちのメッセージ53 ~ 魂のピーターパン症候群からの卒業 他

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魂のピーターパン症候群(シンドローム)からの卒業

 宇宙のすべては、本来完璧に調っており、欠けたる《ものこと》などは無い。「欠けている、足りない、まだまだだ」と自分を低く見る思いをもつことは、それがたとえ向上進化を目指す自己へ向けた感想であるとしても、そう思っている限りは、その境涯から抜け出すことはかなわない。なぜならそのような精神状態は、初めから在る完璧な宇宙創造心(自らの根源)を忘れ果て、「無い、足りない、欠けてる、不満だ」という立ち位置から発する想いだからである。

 「早く天に帰りたいな」とか、「早く故郷の星に帰りたいよ」と綺麗ごとのように、もっともそうに語る想念は、人間の本心から出る言葉ではなく、カルマの想いから出る言葉である。そのようなことを思う場合は、自分自身にさえも気づかせないように、巧妙に覆い隠した心の落ち葉の奥の奥のまた奥に、「この世の汚れが嫌だから」という身勝手な理由が隠れている。そうした想いは逃亡したい対象を、《この世》とか《誰か他の人》に責任転嫁して思ってはいるが、ほんとうに逃げようとしているのは、自分自身からである。汚れているのは《世界》でも《他の人》でもなく、己自身の想いが汚れているのであり、その想いを汚したのは、他の誰でもない自分自身なのである。

 その想念体が地球の原生人類(地球で生まれた魂)である場合は、魂の若さゆえに、嫌だから逃げたいという想いが出るのも仕方がない部分があるが、他の星から地球を完成させる体験をするためにやってきた星の人類にあっては、そのようなことを思うことは、はなはだ情けないことである。それは、甘えるにはあまりにも大人すぎるからである。そのようなことは、自分が魂の大人であることを自覚していない場合に往々にしてあることである。

 魂の大人は、この世のなかに、足りないもの・欠けたること・汚れた面等を見聞しても、それらに心が引っ掛からず、すべては進化の道のりの風景として、常にサラサラと流して観れる人である。

 地球完成を助けるために来た星の人類は、どのような事態のなかにあっても沈着冷静で、己を見失うことなく、第一直観にて正しい選択・決断・行動を為す人である。

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霊性開発から神性開発へ移行するときのこと

 他人に話すこともなく、自分自身さえも気がついていない《思い定め・思い込み・こだわり》等の想念は、自己の霊性を磨き出す段階までは、触れずに隠しておくことができるが、神性を磨き出す段階に入ると、先へ進むために避けては通れない大きな障害として、みずからの前に立ちはだかってくるものである。そのときに、想いが日和(ひよ)って、自分をかばうような想いが出るならば、そのときは幽界から霊界への入り口の段階から、魂の来し方を振り返り、復習してくる必要がある。即ち、時至らずである。

 神性を磨き出すためには、不退転の勇気が必要だ。それは、すべてのカルマを己の生命光で浄化消滅させ、光そのものの神性御自(おんみずか)らが肉体に入り、器として使うための必須要件である。

 この世のことを《現世》と書いて《うつしよ》と読む。この現世が《写し世》であるといわれる理は、大きく分けて幽界(それ以下の階層含む)・霊界・神界のそれぞれの世界のひびきが、清濁混交(せいだくこんこう)して写し出され、表れているからである。地球がアセンションするということは、そうした三つの階層のうち、最低でも幽界がすべて浄まり、霊界に溶けて無くなることにより、次元上昇が成立するのである。

 幽界が浄まり無くなった後の世界は、霊界と神界の写し世となるが、地球世界の完成、即ち7つの直霊光が揃うには、まだ不完全なのである。霊界の波動圏さえも浄化し尽し、神界の光のなかに溶け込ませなければ、地球世界の大調和完成にはならないからである。幽界・霊界のすべてが神界の波動に統一したときこそ、地球に神性の世界が現れ、他の星々との交流もスムーズに進められてゆくものである。

アカシックレコードリーディング

 それに関わるほとんどの人たちは、“アカシックレコードリーディング”と言いながら、幽界波動圏の記録情報しか読み取れないでいる。それをこの世的な言葉で言えば、潜在意識層であり、そこに知識で付け加えた高尚っぽい情報を加味して、彼らはそれが宇宙の真実のように信じているのである。そんなちっぽけな過去の記録がわかったとて、意識進化の妨げになりこそすれ、プラスになることは一切ない。そのようなことに興味を持つ想念体は、理性的な意志、ハイアーセルフの眼をもって、みずからをよくよく見つめなおし、再考する必要がある。

《人が生まれてくるときに、どうしてハイアーセルフが、人間側の前世・過去世の記憶を消去した状態で誕生させるのか》を・・・・・・。