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いのちのメッセージ6

 日本語は正しく使いさえすれば、神界の響きをダイレクトに地上に成り響かせることができる稀有な言語である。

 日本語は、日本人の無自覚的宗教である。

 日本語において主語が曖昧なのは、主語と述語、表現しようと思う対象のすべてが神域に入り込んで、自分と誰か、自分と何か、何かと何かの間に隙間がない意識状態において、それを表現するからである。

 日本語は、それそのものがワンネスの意識から発する言語である。だから主語を省略しても成り立つのである。多くの場合に、お互いが言わずして、もしくは省略語にて、互いの言わんとすることを理解し合えているのは、そのような理由があるからなのである。

 日本語は、言の葉に顕れる以前の枝・幹・根の大元にある大地の響きを顕すように発すると、現実創造の強力なパワーとなる。それ即ち言霊なり。

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 無声の気合は、すべての闇を浄む。
(追記:有声気合ももちろん有効ですが、日常人と関わる場面では奇異に見られるため、無声の気合が有用だという意味です)

 何人たりとも深い呼吸を継続して、丹田に想いを鎮めつづけていれば、霊体と肉体の間にあった隙間が小さくなり、やがては、霊肉一致の肉体神として、甦ることができるのである。

 「スゥーウーアーオーエーイー」。言葉以前の意識をもって、この言霊を腹中に鳴り響かせることで、いのちが生(な)り成るのである。

 言の葉を使う段階は、もうそろそろ卒業しなさい。言葉以前の《言(ことば)》を使って、輝かしい地球の未来を創造するのだ。

 言葉も言も本来は、コミュニケーションの手段などではない。その本質は、宇宙を切り開き、創造するエネルギーそのものである。それは、太古の昔から永遠の未来まで変わらぬ真理である。