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いのちのメッセージ62 ~ 大切なことごと

 大切なことは、意識を常に神域に置きつづけることである。それ以外の大事はない。

 大切なことは、いつも何を想い、生きているかである。常住想念こそが、みずからの魂が常住する天地を決定づけているからである。

 大切なことは、自分がみずからにどのような自己評価を下しているかである。他人が自分をどのように思おうが、そのことで自分が変わることは決してない。

 大切なことは、呼吸がいつも深く保たれていることである。常時の深い呼吸ができている人は、神域にスッポリと包まれ、すべての完成絵図面を目の当たりに見て、触れているため、それを肉体界に持ってくることが可能になるからである。

 大切なことは、肉体という不自由な体にありながら、<いのちの光>を自在に駆使して人生を画いているか否かである。それができている人は、とらわれのない神性画家として、神界に登録されている。

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 大切なことは、人間は肉体界に生きながらも、同時に霊界の何処かの天地に、霊なる意識の在籍場所があるということである。それがどこであるかは、その人の常住想念、想念レベルの平均点を見ることで、丸わかりである。やがて誰もが、お互いの想念レベルを、額に書いてある数字を見てわかるように、認識できる時代になるのである。

 大切なことは、誰もが望んで止まない永遠の幸せ(崩れることのない幸福)は、自己中心的思考のパターンを手放した程度に応じて、誰もがすでに手にしているということである。それを実感できていないとするならば、みずからの幸福を、自分勝手な想念癖が儚い幸せにとどめてしまっているのである。

 大切なことは、《無私なるこころ》で生きることである。それは冒頭の、神域の意識を生きていることである。

 大切なことは、利己愛を、利他愛に昇華させて生きることである。そのための方法は、世界大調和の祈りのひびきを、いつも響かせて生きることである。それが熟練してくると、意識して祈る前から、すでに祈りつづけていた神性の響きを自覚して、常住祈念の菩薩として、生きることができるようになるのである。

 たくさんある大切なことのなかにあって、もっとも大切なことは、人間の本質が物質ではなく、光であると自覚して生きることである。これができていれば、その他の理屈がわからなくとも、無条件に幸福な人生が約束されるのである。それは、自分の神性と肉体の間で交わされる内なる約束事として。

 

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