いのちのメッセージ68 ~ 人間万博博覧会

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人間万博博覧会の会場にて ~ 人類から神類へ

 人間の幸不幸は、ひとりひとりの本人が決めている。何を当然だと思っているか。すべては当然認識による。

 アセンションへ至る道は、究極的には人の数だけある。

 人は皆、同じ天地に生きているようでいて、まるで異なる天地に、それぞれが住み生きている。

 現象界即ちこの世とは、あらゆる階層の住人が一同に集う《人間万博博覧会の会場》のような天地である。このような世界は、他のどの次元階層を探してもないもので、魂を磨きあげるという観点から観れば、最上至高のステージでもある。

 地球そのものと自然界、他の生物たちがもうすでに、宇宙経綸のままに次元上昇を果たし始めているにもかかわらず、変化や進化を拒みつづける地球人類だけは、みずからの想念が選択した次元に居住しつづけることに固執しているために、地球界次元上昇の恩恵をもっとも受け取ることが出来ずにいる。

 その一方で、地球界次元上昇を推進する中心的役割を担っているのは、神域の意識を思い出し、みずからの肉体と精神に神性を顕し生きる人類の姿形をした神類である。彼らは、過去の人類が荒らすだけ荒らし、穢すだけ穢し、痛めるだけ痛め尽して、荒廃し切った自然界と生物界に癒しをもたらし、元々の生命力を甦らせている。彼らこそ、地球界次元上昇の鍵を握るキーパーソンである。

 人間は想念運用の仕方によっては、破壊者にもなれば、創造者にもなる。理性無き動物以下の存在にもなれば、神仏そのものにもなる。今現在、どのような想念運用を為して、どんな人生を創造していようとも、宇宙を見通す永い眼で観れば、すべては宇宙創造意識に帰り行くプロセスであり、進化創造の旅路における風景の《ひとこまひとこま》でしかない。

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 人間の所業とは思えない言動行為を見ても聞いても、それらの言行に対して、何ら一切良し悪しの評価を下すことなく、ただありのままを抱きしめて、「消えてゆくよ、浄まってゆくよ、やがて本質が顕れてくるんだよ、すべては完成へ至るプロセスなんだよ、大丈夫、大成就、大完成だ」と光の声をかけるならば、その対象者が人たる本質に目覚める日の来ることを、内部から応援して差し上げることになるのである。何故ならば、そのような意識運用は、見たり聞いたりした対象者の《いのちの光》の側から肉体側へ向けて、強力な生命光を流れ入らせ、その人自身の意識進化を援けることになるからである。それは、ワンネスを自覚した神性意識のみに成し得る《いのちそのものの導き》である。

 これまで光の届かなかった世界にまで、宇宙の霊光が流れ入ると、その漆黒の世界に安住していた闇の想念たちが苦しさのあまり逃げ出して、表面意識世界に現れ出てくる。そのときだ、彼らを浄める最大のチャンスは。

 あらゆる階層世界の住人が一同に会する肉体界では、至らぬ者は至った者を見習い、至った者は至らぬ者によって、さらに器を磨き、経験の幅を広げてゆくことが出来る。そうした種々の体験は、やがて皆が宇宙神類に至ったときに、大いに役立つことになる。何故ならば、肉体の体験がない神類よりも、肉体を経験した神類のほうが、より深く、より全体を生かす叡智を導き出すことが出来るからである。人類の本質は神性であり、やがては、全員が人類転じて神類となるのである。