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いのちのメッセージ78 ~ 平安、自信、神道

真の平安を得るために

 心が真の平安を得なければ、今ある健康も豊かさも身辺の調和も、いつ脆く崩れ落ちるとも知れない砂上の楼閣的健康・豊かさ・調和である。

 人類全体の心の平安が成就されれば、地球世界から不調和的状況がすべて一掃される。

 どんなにお金があっても、健康体でも、周囲によい人ばかり揃っていても、よい学校・会社に在籍しても、親の愛を一身に受けて育っても、その人の心に真の平和が確立されていなければ、真実の幸せは望むべくもない。

 感情想念次第で、不幸と幸せの境涯を行ったり来たりするような心境でいるかぎりは、この先も真に幸せになることは望むべくもないため、人間観・生命観を根底から見直さなければいけない。(そのままでよいと思っている場合はそのかぎりではない)

280505

自信について

 外的要因に自己の権能を明け渡している人が、社会の変化や周囲からの評価に左右されて、確かな自己を保てない理由は、一にも二にも自信がないことに尽きる。

 現代に必須の自信は、人を肉体性の者と観る人間観に根差した自信ではなく、生命光としての自由性を自他に認めた人間観のうえに立って、その神性から発する創造性を自在に駆使して、望む世界を築き得る自神である。

 物質人間観に根差した自信を、鎧のようにどれほど重装備したとしても、そうした自信では所詮、二元対立観念の競争原理社会にあって、勝ちつづける強さを維持して、戦いつづけなければならない念力類の思念であるため、弱肉強食・栄枯盛衰の世の習いに巻き込まれざるを得ず、自分を大きく見せかける努力をやめることも出来ない。

 真の自信とは、己を含む人類すべてが生命の本質である《いのちの光(神性)》であることを知り、その真実を確信した意識で、自分自身が神性そのものとして生きている、その当然認識から生ずる己に対する絶対なる信である。その《しん》は、心・芯・真・深・普等にも通ずる《しん》であり、神(しん)そのものの意識である。

神道のこと

 神道に伝えられる真理の神髄がどれほどすごいものかを、現在の地球人類の多くは、死後の世界で磨かれて、立派になった後でしか知り得ないでいる。日本に生まれ住み、日常から日本語を駆使して、それとは知らずに神道の道を歩んでいる日本人は、果報者と呼ばざるを得ない。

 すべての存在の内に《神性》の実在を認める真実の人間観・光明思想は、現在ようやく巷に再認識され始めているが、それを古の昔から伝えているのが神道である。(注:商売に走り、神道の神髄を伝える仕事を放棄した神職者・神社等は無関係)