いのちのメッセージ8

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 芸術のある社会は、それらがない社会よりも豊かである。それは、真の芸術がいのちの光の真善美を、そこに顕現しているからである。

 忙しい日常のさなかにあっても、否、忙しいときほど短時間でもよいから、芸術に触れる時間をつくるようになさい。

 芸術に触れることによって起こる《感動した》という想いの動きは、想念意識が潤うことによって起こっているのである。それ即ち、いのちの瑞々しさの発露である。

 自らを省みて、「感謝の心が薄れているなぁ」と感じたときは、「有難うございます」という言葉を、習慣化するまで努めて使いつづけることがよい。その場合、この世の何か・誰かへの感謝ももちろんよいが、あの世(霊線でつながっている魂の奥の世界)のハイアーセルフによる常日頃からの守護へ感謝する習慣をつけることは、ちりぢりに乱れた自らの想念意識や心と肉体の統一にもなるので、是が非とも習慣化することである。

 この世の辞書にも解説されているとおり、「有難う」という言葉は、「有ること」が「難い」、「滅多にない」ということで、「なんとお礼を申し上げてよいか」という意思を込めて、「有り難い」、「有難う」、「有難うございます」という表現をもって、感謝の対象に対して光を送り表している言葉である。

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 真実の感謝を想い、語り表すことは、相手の恩に対して、「あなたに何としても報います」という意思表示のエネルギーを発動しているので、本人の表面意識が認識していなくとも、感謝した対象にハイアーセルフ(守護神霊、神霊意識)をとおして、いのちの光を送っているのである。

 頭でわかったつもりでいても、何の役にも立たない。体に叩き込んで覚えることだ。体で覚えたことは身について、頭を使わずとも当たり前に実行できるものである。

 頭で考えて行動する習慣を卒業しなさい。ここでいう《頭》とは、肉体脳髄と幽体に付随した顕在意識と潜在意識である。

 思い悩むことは、生命エネルギーを無駄に消耗していること。

 いのちの世界から流れ来る第一直観で、すべての事を運ぶようにすると、それがたとえ自己都合に反して思えたとしても、長い目で見たときには、自らの天命を果たす最短の道を歩んでいるものである。