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いのちのメッセージ85 ~ 自らを知る旅路 他

自(みずか)らを知る旅路

 人生は自らを知る旅路。

 自分という意識が、自ら分かれた大生命の大元へと還元されると、それまでの分離した個我観念が宇宙大に拡がり、誰もがおのずから在る大我を自覚するに到る。

 アセンションの真髄は、小我が大我にメタモルフォーゼ変態(脱皮)するところにある。大我に脱皮することが出来さえすれば、人は誰でも、生命エネルギーを自在に駆使して、生命意識本来の宇宙創造活動に復帰を果たすこととなる。

すべては自分の表れ

 他人に感じる想いを、相手の責任だと認識しているうちは、ワンネスを実感する日はまだまだ遠い。その想いを自らに向けなおし、「ああ、この思い込みが相手を悪者のように思わせていたのだな」と反省して、思い込みを手放し、意識の自在性を取り戻してゆけば、相手と自分を分断していた想いの壁が消滅して、いのちが自由に行き交う生命本来の交流を取り戻すことが出来る。

 注意喚起されずとも留意出来ていることならば、注意を促される(自らに注意を促す)ような人・物・事が、自らの人生に現れることはない。

 自分の事だと気がつける人の人生には、反面教師としての想念言動を為す人との直縁が取り持たれることはない。

 己と縁ある他人との接触によって生じるいかなるいさかいも、相手には何ら一切の非は無い。諍いと認識してしまうのは、そう認識するだけの原因が、自己の内面にこびり付いている場合のみである。自己の内面が晴れ渡り、一点の曇りもない青空の心である場合には、他人が諍いと感じる状況のなかに、共に身を置いていてさえも、自らの認識はその状況を進化のプロセスと捉え、調和を導き出す想念言動に従事して、やがては自らの世界すべてを、宇宙法則である調和の軌道に乗せ直すに到る。

280604

いのちのままに生きる

 天命のおもむくままに生きるがよい。そのための第一歩は、人類が《いのちの光》そのものであることを知り、認め、感情想念を卒業した《いのち》そのものとして、思考のおもむくままではなく、いのちのおもむくままに生きることである。

 無限なる宇宙の生命エネルギーは、天命を果たさせるためならば、無尽蔵に供給されるものである。《いのちそのもの》にまっすぐ真向かっている意識は、その《無限なる生命エネルギー》をキャッチ出来るがゆえ、想いの疲弊が現実化した心身の病に犯されることがない。人はそうあろうと一念発起しさえすれば、その生命エネルギーを自由自在に使いこなして、天命まっとうへ至る充実した日々を送ることが誰でも出来る。

 第一直観にてキャッチしたインスピレーションを、やってみようと思えるかどうか、行動に移せるかどうか。現実を変えるも変えないも、進化出来るも出来ないも、すべてはその一点における“選択と実行”の有無にかかっている。棚からぼた餅は落ちて来ない。