いのちのメッセージ96 ~ 祈り心がすべての基本

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苦悩の中にあるのなら

 どんなに辛いとき、苦しくてしょうがないときでも、そのようなときには、過去のカルマがハイアーセルフの制御の下、大難が小難として浄化消滅されているときである。

もしも自分がそうした状況にあるときには、その事実をひたすら信じ、ハイアーセルフの懐に入り込み、《心の雨宿り》をしつつ、その守護に感謝をささげて、カルマの雨が通り過ぎ去るを待つとよい。

そうしてさえいれば、やがては意識の空に、いのちの光一元の青空が、必ず展開されるものである。

多くの場合に見られるのは、その少しの間の辛抱が出来ないがために、想念をうごめかせてしまい、心の雨をさらにひどくして、ついには物質次元の運命をも、さらに悪化させている無常なる諸行の様である。

その期間がたとえ数十年に及ぼうとも、いのちの永遠性に立脚して観れば、それらはすべて、ほんのつかの間の出来事に過ぎない。

 《心の雨宿り》よりも早く苦悩の境涯から脱出する方法は、深い呼吸とともに、すべてをあらしめる大元の生命光にひたり切りにひたって、地球平和を意宣いのる(無私なる生命意識の宣言をする)ことである。

なぜその生き方を実行することがよいかというと、どのような雲(不幸を認識する想い)が心の空を通過しても、雲の下に意識を置かず、いつなんどきも輝く太陽でありつづけることになるからである。

この生き方こそが、この世の横の波動に左右されず、いのちの源へとつづく縦の世界を、意識進化しつづけてゆく秘訣なのである。

また、ありとしあらゆる存在の平和を意宣る心で生きつづける人(霊止)はみな、みずからが霊光太陽そのものと一体化して、地球世界に輝ける未来を創生する(元の光エネルギーを降り注ぐ)という、聖なる行為の先駆者である。

よって、その名は天界に刻まれており、またその聖徳によって、みずからのすべての過去世や未来世は言うに及ばず、親類縁者一同の永遠なる幸福の道をも照らしつづけることとなる。

そのにわかに信じられないような事実は、今はまだ、死んだ先の世界でしか知ることが出来ないが、地球の霊化が一層進んでくると、誰の心にもその真実がはっきりと映し出されて、何人なんぴとも世界全体の平和を意宣らずにはいられなくなって来るものである。

それこそが、宇宙生命根源の真空におわす大元の心であるがゆえ。

なすべきことごと

 自分に対する認識を深めよう。

そのための初めの一歩は、“あるがままに至れずにいたありのままの自分”を正直に見つめ、“生命光を誤用して造りあげてきた不完全なる自我像”を進化のプロセスであると認め、見つめる側の生命光にて、“誤認創造してきたすべての自我像”を消し去らしむることである。

 何か新たなチャレンジに取り組もうとしても、表面意識で事を運ぼうとしている場合には、心身の肩に力が入り、身も心もこわばってしまってしまい、持てる力の半分も出し切れずに、不完全燃焼でくすぶっていることが多い。

それゆえ、何よりも先に為さねばならないことは、自我の昇華、生命光との一体化である。

 自分が自分だと認識して来たすべての自我像は、生命光の焼却炉にて燃やし分解して、宇宙元素に還元するとよい。

その方法は、当ブログにて紹介されている各種真理の実践である。

「そんなことしたら自分がなくなっちゃう」等の心配をする向きもあるが、それらの心配はすべて杞憂である。

そうしなければ真実の自分、《いのちの光》そのものの真我を肉体身に現すことは、いつまでも不可能なままであるゆえ、一意躍進して、意識の空中ブランコを飛び移ることである。

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宇宙意識に還元しよう

 初めに大元の意識あり。大元意識とは即ち、宇宙創造における根元のエネルギーである。

その宇宙根元意識が「こうあれ」と想ったとおりに、大宇宙世界は形成され、展開されている。

その根元エネルギーの力を分け持つ人類は誰もが、みずからの小宇宙を自由自在に形成し得る創造主である。

 想いが宇宙意識に還元した割合に応じて、運命創造が自由自在に創生出来る意識に進化してゆく。

祈り心がすべての基本

 未だ真我に至らぬ意識進化のプロセスにあっては、みずからの祈りを、《肉体我と真我の協同作業》ととらえるとわかりやすい。

意識の全貌を俯瞰して観れば、肉体側が「地球世界が平和でありますように」と祈るときには、真我は「地球世界は元々平和である」と宣言しているのである。

また、「愛一元の私にならしめ給え」と祈るときには、真我は「私は元々愛そのものである」と宣言している。

その表面と奥の両方からなる意識全体が同時に鳴り響いていることを自覚しながら祈ることは、祈りの本質をよりよく顕し、祈りのパワーをいや増す基礎である。

 すべての想念・語る言葉・行いは本来、生命意識に基づく祈りを基本になされるべきものである。

進化した星の世界では、すべてが祈り心によって成され、運ばれている。

ゆえに、宇宙人類の側から観れば、祈り心(生命光を顕した意識)なき地球人間の有り様は、動物と霊止(人)の間に位置する進化途上の生命体として、見守られている。

すべての地球人類は、今こそ思い出さねばならない。

祈りの本質が、《宇宙創造意識の発露》そのものであることを。

 きたるべき新しい時代は、個我の願いなき真の祈り人たちによって創世されている。(すでに現在進行中)

そうした真人たちの進出によって、真我の祈りなきすべての想念群は、光に照らされ消えゆく闇のように、やがてはすべてが消滅してゆく。

最終的には、いのちが宣り出された意識のみが地上を覆い尽くし、地球上のすべては、アセンションした霊波動の天地に変貌を遂げてゆくのである。

 

【 追記 】
※ ここでいうカルマとは、神性(生命の本質)を忘れ果てた精神波動のもとに発してきた、すべての想念・言動・行為によって、この世に作り出してきたすべての状況の原因を指して言う。

現今の運命の種(本質を忘れた人類が日々増産する善悪混交のカルマ)がそのまま現れたなら、この世は即刻、常軌を逸脱した世界となり、一年と持たずして地球上すべての物質性生物は死滅し、死の星となり終えるところを、人類個々を守護するハイアーセルフによる浄めや、数多の神霊や宇宙人類による波動調整(夢と描き表して消す、小さな怪我や病気、人間関係上の小さな不和等に現し消す、天変地異による波動調整にて現し消す他)と、心ある人類が発する調和創造の祈り等によって、かろうじて持ちこたえている、というのが地球世界の実情である。

人類が発するカルマの浄化消滅されゆく様については、数えきれないほど種々あるが、わかりやすい具体例をあげれば、身近な話としては、暴飲暴食によって体に負荷をかけた場合に、一時的な不調や病気という結果をとおして、その原因が現れ果たされ、消し浄められていることがある。

また、世界情勢を左右するような大きな話としては、自分たちの利益利得のためには、他から奪ってでも、また他者を殺傷してでも、その想いを果たしたいという想念・言動・行為がある。(自己保存の肉体執着本能)

それらはやがて、恐怖や怨恨の念波を地上に生じさせ、そのカルマ波動が報復の連鎖となり表れ、被害者・加害者ともに気の休まる暇のない世界を形成するものである。

その結果として、関係する当人や家族・親族、地域の居住者、果ては民族や国家等を巻き込んで、「やった、やられた」、「とった、とられた」の繰り返しとなり、現今の世界における各種紛争の様相を形成している。

小さなコミュニティーのなかで人類それぞれが、さほど深い繋がりを持たずに生きていた時代には、そうした遠く離れた世界情勢は、ほとんど自分たちの生活に影響を及ぼすものではなかったが、現代では、貿易・流通・通信・経済等をとおして、地球世界がほぼリアルタイムでつながっているため、対岸の火事として知らん顔をしていられる時代ではなくなった。

地球世界の平和を祈る心の必然性は、現代のように、世界がすべき繋がりを得た時代にこそ広まり、人類意識に根付くものである。

ゆえに、地球界の神霊方や宇宙の兄姉方が、「地球世界が今より以上によい天地となってゆくためには、全体調和を意宣る祈り心こそが、これからの人類の持つべき必須の心持ちなのだよ」と、その呼びかけの言葉は違えども、我々地球人類に対して、世界各地各所にて、しきりに伝えられている昨今なのである。

そのメッセージをみずからの内なる声として受け取る人の数は、今後ますます増えゆくことは必然である。