気づきを心身の外に見いだすことについて

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自分自身を褒め称えよう

誰かの素晴らしい話を聞いたり、読んだりしたときに、その話した人、書いた人を讃美する人は多いが、その内容に共感もしくはインスパイアされて新たな視界を切り拓いた自分自身を褒め称える人は少ない。

その話なり文章に出逢い、共感したりインスパイアされた体験を経て自分自身を高めることができた原因は、究極的には自分自身のおかげなのである。

そのような人は、もっと自分自身を褒めるべきだし、尊敬すべきである。

みずからが過去世から今日に至るまで、真理を求めに求めつづけてきた善因により、今この時代の然るべき時に、心の琴線に響く素晴らしい誰かの講話を拝聴したり読んだりする縁を得たのだから、これまでしてきたように、その気づきを与えてくれた人に自己の権能を安易に明け渡すのではなく、外から得た気づきをみずからの気づきとして昇華し、自己責任においてその真理を実行することこそが、正しい意識進化の道の歩み方なのである。

そしてこの善縁・善因にはもうひとつの側面があることも忘れてはならない。

心奥の真理

それは、誰かの話や文章に見いだしたその内容は、もう少し奥にあると直覚しながら、これまで手の届かなかった心奥の真理そのものであるという事実だ。

真理の発見・気づきには、大きく分けて二種類の気づきがある。

それは、みずからの内奥にある生命光からの直接の気づきと、自分の身体の外に真理を見聞して内なる真理を呼び覚ますという二通りの気づきがあるということである。

なぜ心奥の真理を心身の外に見いだすことが出来るかというと、みずからの意識に映じる(認識する)この世は、微塵の例外もなく内なる宇宙の投影だからである。

人は何を見ても聞いても、自身の内側にないことには反応しないで素通りする。

その理由は、内なる宇宙にない物事には興味が湧かないので、見ても見えず聞いても聞こえないので、意識にクローズアップされないがために認識し得ずに素通りするからである。

貴方が誰かの話なり文章なりに刺激を受けて、内なる真理が呼び醒まされたならば、それは一にも二にも、貴方自身の内なる神性の発露なのである。

ゆえに、真理に出逢えた自分自身をもっと褒め称えてよいというのである。

神性人類が互いを高め合う時代

人間の本質は、一人の例外もなく神性である。

神聖なる神性なくしては、真理に感応することはあり得ない。

これからの時代は、互いの内に神聖を認め合い、高め合い、深め合ってゆく人がますます増えてゆくだろう。

神性人類の本質が、いよいよ地球人にも浸透し始めたからである。

個我で抵抗せず、その流れに素直に乗ることだ。

その流れは、貴方自身のハイアーセルフの導きでもある。

その流れに乗ってこそ、意識進化は促進され、魂の輝きがいや増すのである。