心の平和がすべてのすべて ~ 個人・国家・世界の平和に想う

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現在の世界を分かつ単位で世界を観ると

この世界には、家族や親族、職場や学校といった所属単位や、日本でいえば市町村や都道府県にあたる地域の組織単位等がありますが、現在の地球世界を構成する最も大きな単位は《国家》であります。

その国家・国々の様子を、地球儀を回すように心の眼で見渡してゆきますと、貧窮している国もあれば裕福な国もあり、大きな国もあれば小さな国もあります。

もう少しくわしく観てみますと、貧しい国であっても、そこに住む人たちの精神性が豊かな国もあれば、逆に、荒廃した想いの人が多く在籍する国もあります。

また、経済的に豊かでありながら、精神性が荒廃した国もあれば、数は少ないながらも経済的にも精神的にも豊かな人が多く住む国もあります。

そのように様々な状況のなかで世界人類は、それぞれの日々を精一杯に生きております。

幸せを実感している人たちの真相

現在の地球界は、お世辞にも平和な星であるとは言えません。

しかし、そうした状況のなかにあっても、幸せを実感・体感して生きている人が世界中に存在していることもまた事実であります。

地球に住む人のなかで、幸せになりたくない人などおりませんし、平和な世界を望まない人も、精神の病気を患っているごく一部の人を除いてはいないでしょう。

そうでありながら実際には、幸せを実感している人と実感出来ない人に分かれていますし、平和な心の持ち主もいれば、紛争・係争中の心の持ち主もおります。

そのような人たちの様子を、さらに深く観てゆくと、現在の心が崩れることのない幸せに感謝して生きている人と、過去世の善業・善縁のうえに築かれた幸せにあぐらをかいて、その幸せに感謝することなく生きつづけ、やがては時の経過とともに、退廃・困窮の道を歩む人とに分かれています。

外的状況に左右される人とされない人

視点を地球全体に戻して、さらに深く観てゆきますと、国家の貧富や大小と、個人の幸不幸は、必ずしも一致していないことが観て取れます。

その理由は、人類個々の依存心・自立心・責任感の有無によって、未来が明暗を分けるところにあります。

別の言い方でそれを一言に要約いたしますと、《自己権能》の有無であります。

その人の自己権能を誰が握っているかによって、片方の運命は、無限上昇の螺旋に入り、もう片方の運命は、下方へ落ちつづけ、底辺に行き着いたらそこを左右にさまよう運命となります。

心身の外の世界や他人に自己の権能を明け渡して生きている多くの人は、国や地域の治安や経済状況、周囲との人間関係といった外的要因に左右されて、自身の幸不幸を判断し、評価しているのであります。

その逆に、自己の権能を他に明け渡すことなく、みずからの運命の責任をいさぎよく負い、他に責任転嫁することなく、シッカリと自立した意識をもって生きている人たちは、どのような困難のさなかにあっても、みずからの置かれた状況や環境を逆境とは認識せずに、心の安寧を保って、平安に暮らしているのであります。

みんなが幸せでなければ世界平和は成立しない

しかし、一部の人だけが幸せで、その他大勢の人が不幸な世界は、どのように考えてみても、理想郷と呼ぶには程遠いものであります。

また、生きてゆくうえで最低限の供給もない状態のなかで、悪い治安や物質的に欠けたその状況にとらわれず、豊かな心で生きているというのも、誰にでも出来ることではない立派な生き方ではありますが、宇宙の調和的観点からすれば、やはり不自然なあり方であります。

私たち人類の心・意識・魂・いのちは、生命の根源から湧き上がる天来の使命感として、平和な世界、みんなが幸せな世界を希求せずにはいられないように設計されております。

過去世から持ち越してきた業が今生にて剥がれ消え、生命の本来性が表面意識に顕れてきた人は、一人の例外もなく、地球上の自然環境を守り、人類と他の生物が共存共栄して、人類同士が互いの違いを認め合い、共に手を携えて、地球の未来を築きあげてゆくことを、心の奥底からの願いとして生きております。

国家の命運を左右するもの

意識がそこに至って、初めて観えてくる大切なことは、国家の平和であります。

国家が平和になるためには、一人一人の個人の心に、生命本来の平和な心をよみがえらせなければなりません。

また、そうした人たちからなる平和な国家が寄り集まらなければ、地球平和は成立しないのであります。

ユネスコ憲章の前文に、『戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない』とありますように、国家の平和、ひいては世界全体の平和を築きあげる礎は、一人一人の個人における心の平和を確立することであります。

前記のように、個人の心の平和が基礎となって、地球世界を構成する最大単位である国家の平和を形成するのであります。

その国家の運命を左右するものは、その国に所属する一人一人の国民の認識の《集合平均》であります。

真実に国を動かしているのは、政治家でもなければ、学者でも大企業経営者でも資本家でもその他組織のリーダーでもありません。

私たち一人一人の一般庶民が、国の抱える諸問題にどう対処するかの意見・見識を、他人事ではなく自分事としてシッカリと持ち、国家の未来にとって建設的な考え方や生き方をしていることが、とりもなおさず日本国の未来を、正しい方向へと導く重要なピースとなるのであります。

他人任せにせずに、他人事と思わずに、国の未来における理想図をシッカリと脳裏に描き切り、イメージ出来る国民が今よりもたくさん現れてくれば、現実の諸問題への対処も、現在の政府が推進している政策とはまったく違う性質のものになってくるでしょう。

280513

原発の役割は終わった

例えば、原子力発電所の再稼働問題について、考えてみましょう。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による大きな揺れと津波によって、福島第一原子力発電所にて様々な不具合が生じ、極めつけの事故として、メルトダウンと呼ばれる非常事態が発生し、福島県を中心とした東北・関東地方に、深刻な放射能漏れが発生いたしました。

各種世論調査の動向を観ていますと、それ以前の日本国民の原発稼働の是非に対する判断は、反対派よりも現状維持を含む賛成派が上回っていました。

また、3.11直後の調査でも、かろうじて現状維持を含む賛成派の割合がまさっていました。

それが、直近数年間の動きを観ると、反対派の割合がまさってきていることが見て取れます。

これは、日本の未来を真剣に考える国民の割合が増えてきたことの証左でありまして、この割合の変化をひきつづき注視してゆきたいと思います。

制御出来ないエネルギーを扱うことは、明らかに無謀で無責任なことです。

また、事が起こったときに、大変な負の遺産を未来に残すような設備をつくり扱うことが、地球にとっても、あらゆる生物にとっても為にならないことは、火を見るより明らかな事実であります。

原発の利用を肯定する人は、そこのところをもう少し責任感を持って、見つめ直す必要があります。

地球が最終進化の段階に入り、アセンションをし始めたことで、すでに原発の役割は、その使命を終えているのであります。

その事実を日本人がハッキリと直視する最高の機会が、あの福島原発におけるメルトダウンだったのです。

人類全員が本来の性質として持っている心の平和が、その人生の表面世界に展開し始めている人にとっては、そのような認識は、なんの不思議もない当たり前の想いなのであります。

心の平和はアセンションの前提条件でもある

真にアセンションした心境もまた、そうした心の平和の内奥にあるものであります。

心の平和とは、心身の外に映ずる外面世界の平和を築くとりでであると同時に、宇宙の運行に伴って霊化してゆく地球と共に、みずからの心身を霊化させてゆくアセンションの礎・前提条件でもあるのです。

何故そう言うかと申しますと、心の平和が築きあげられていない場合には、心身の次元上昇は果たすべくもないからです。

そのように、心身の次元上昇は、心の平和という最低条件をクリアしていなければ、完成するものではありません。

心の平和が確立していない状態とは、表面的に観れば、感情想念に翻弄されて周囲に不調和をまき散らし、みずからの心と体を穢し、痛めつけていることであり、その奥を俯瞰してみると、地球という波動圏に、不調和なバイブレーションをまき散らかし、同様の波動と共鳴して、地球の不調和を維持する片棒を担いでいるのであります。

それがどのような状況であるかは、複数の石を池の水面に投げ入れて、その波紋がどのように広がるかを観察することで確認することが出来ます。

その逆に《心の平和》をもって生きていることは、周囲に調和した波動を振りまき、みずからの心身における新陳代謝を活性化して、常に生き生きとさせるものであり、その奥では、その人の存在をとおして、地球という波動圏に、平和なバイブレーションを放ち、同様の波動と共鳴して、地球の大調和を促進する一助となっているのであります。

心の平和がすべてのすべて

このようにいろいろな側面から観てきますと、《心の平和》こそがすべてのすべてであることがわかってまいります。

世界を平和に導くためにも、国家の平和を達成するためにも、アセンションの進行を促進するためにも、日々心の平和を保ち、何があっても心の平和を乱さない訓練に取り組み、精進してゆきたいと思います。

そのための最大のツールは、みずからの呼吸のコントロールであります。

私は神性そのものであると思いながら息を吸い、その成就を確信した想いで息を止め、すべての人もまた自分と同じく神性そのものの存在であると思いながら息を吐くことは、みずからの心に平和を築くと同時に、地球世界全体に対してもポジティブで平和な波動を放射することになりますので、ぜひご自分の心身を使ってお試しいただきたいと思います。

心の平和が成立した状態の人たちは、すべからく呼吸が深く安定しています。

それは、心の平和というものが、深い呼吸の響きの奥にあるからなのであります。

こうした事実も、それを実証する人の数が臨界点に達したとき、地球上に広まってゆくでありましょう。

私たちはそのことを信じて、今日も呼吸法の意宣りを、不断の呼吸のなかに行っているのであります。