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人類共通の大天命を思い出そう(3)

(前回の続き)

自分が変われば世界が変わる

神性を顕したいと願えば、想念言行の質が変わるのです。

想念言行の質が変われば、運命が変わるのです。

運命が変われば、みずからの生き方に自信が付くのです。

自信が付けば後は、加速度的に運命が光明化するのです。

自分という存在が、他人や社会によって左右されるような“ちっぽけな存在”だと思い違いをしたままでいることは、実にもったいないことだと思います。

もう一度言葉を換えて申しますが、意識の軸が神性にシフトすれば認識が変わるのです。

認識が変われば、運命が変わるのです。

運命が変われば、みずからを神性の存在であると、心底から認めることができるのです。

みずからを神性の存在と認めることができれば、次には、人類すべての神性を認めることができるのです。

自分の目に映る人が、たとえテロリストであろうが、独裁者であろうが、極悪非道な行いの人であろうが、すべての人の生命の源に、神性を認めることができるのです。

彼らは時至らずに、生命の本質である神性を曇らせているだけなのです。

曇らせているだけで、本質は神性の存在なのです。

そのように、他人の神性を認められる人が多くなればなるほど、人類全体の神性が加速度的に思い出しやすい波動環境が整備されて、地球世界全体が光明化するのです。

人類神性復興の祈り

こうした動きを推進するためには、人類の神性復興を祈ることです。

祈ることは、神性意識の宣言をすることであり、けっしてひ弱なお願い事をすることではありません。

その際に大切な言葉の使い方は、「■■が○○でありますように」と宣言することです。

「■■が○○になりますように」というのは、■■が○○であることを認めていない言葉の用い方であって、言葉のエネルギーの飛び出す発信元と角度が間違っているために、二元対立の泥水をかき乱すだけの結果を導き出してしまうのです。

具体例で申しますと、「世界が平和になりますように」という想いを発することは、一見よい言葉のように見えますが、その言葉は、「世界は平和でない」と認めた想いから発した言葉であり、その言葉の帰結する先は、やはり平和でない世界なのであります。

この場合の正しい祈り方は、「世界が平和でありますように」でして、この場合には、元々平和である人類の神性が正しく現れることを導く力をもっているのです。

「あります」の“あり”とは“在り”で、在るということは初めから在ることを示しているのです。

それは、有限の“有る”ではない、無限の“在る”です。

この初めから在るものを導き出す祈り方が、「○○でありますように」という祈り言葉の真髄なのであります。

大天命を果たしてゆくために

人類の神性を思い出した私たちは、有限の世界にとらわれた二元対立の言葉を使うのではなく、無限の世界に立脚した完全調和した言葉を用いて、大自然と生きとし生けるものをよみがえらせ、人類すべてが神性復興を行いやすい波動環境を構築してゆくのであります。

それこそが、私たち人類共通の大天命なのであります。(終わり)

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