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夏の記憶

★歴史に埋もれた声なき記憶

8月9日は73年前、長崎に原爆が投下された日だった。

夏が来るたびに思い出すことは、戦争を知らない世代の私が戦争を体験したある夏の日の長崎の地における記憶だ。

約30年前の蒸し暑い夏の日、私は同僚の実家へ泊まりに行き、そこのご家族と一緒に長崎原爆資料館へ来ていた。

そして、様々な展示物を見学しているうちに、私の意識は突然、原爆投下後、まだ間もない阿鼻叫喚の長崎の地に瞬間移動した。

今思えば、どうやら過去世の一コマにタイムスリップしたようだった。

それも、1945年8月9日午前11時過ぎ時点の、長崎原爆投下爆心地から約6、7㎞地点に……。

「あ゙、あ゙ー熱い、熱い、熱い……。水、水、水を……。あ゙あ゙あ゙あ゙……。水は?水はどこ?」

体は思うように動かないのに、意識はのたうち回り、身もだえ、とにかく水が欲しかった。

今はこうして冷静に書いているが、その目に映る世界はすべてが焼けただれ、その最中にもがきつづける心の様は筆舌に尽くしがたいもので、どんな言葉を書き連ねたところで、とうていその体験は表現出来るものではない。

そのとき、極度のパニック状態で意識は混乱極まりない状態にありながら、そのもだえ苦しむ自分を数メートル上から観ているもう一人の自分がいて、人間たちの業が自壊してゆく様を哀しみと慈しみの入り混じった想いで見つめていた。

また、そのときの肉体の私は突然の霊体験に戸惑いながらも、人目もはばからず滝のように流れ出る涙を止めることが出来ず、見かねた同僚が原爆資料館見学を途中で中止してグラバー園に連れ出してくれたのだが、私はその後も数時間に渡って泣き続けていた。

そのように、涙がかれ果ててさえもまだ泣きつづけるという体験は、後にも先にもそのとき一度きりだった。

こうして書いた文字を読むと陳腐で、人目にさらすのもためらわれたが、そのように悲惨な体験を、一瞬の間に数十万人もの人々が体験した歴史が、過去2回も日本の地に実際にあったという記録のためにも書き残しておく。

★歴史を変えるために私たちは生まれてきた

戦争は愚かだ。

とくに、大量破壊兵器を使うことなどは、一瞬にして数多の命を奪い、その禍根を今にまで残している。

自国第一主義のなれの果ては、そのような罪なき被害者を大量に産み出すところにある。

地上の被害の程度は時の経過と共に癒えようとも、心に刻み込まれた傷はそれを癒し切らなければ、子々孫々へと遺伝子を通して受け継がれる。

世界を見渡せば、今もまだ戦争や紛争の解決していない地域が幾つもあり、その人災に苦しむ無辜むこの民がたくさん存在している。

私たちは、地球人類がそうした悲しい歴史を繰り返さないために、今このときをみずから望んで生まれてきた。

そして今、そのミッションは着々と進行中だ。

人類すべてが、仲良く協力して暮らせる世界を創ること。

生きとし生けるものと人類が、互いを犯すことなく、調和して生きる世界を創ること。

大自然と人類が相和して、すべてを活かした世界を創ること。

私たちはその日のために、今日も働きつづけている。

戦争へ向かおうとするカルマの火の粉を人知れず消し、人類みんなの神性を甦らせる主役は、いつも言うとおり、神仏でも宇宙人でもなく私たち地球人だ。

私たちが真の平和を地上に展開する想念言行を為し表しながら生きるとき、神仏や宇宙人の援助の力が我々の心内に輝く。

私たちは今、数多の神仏と宇宙人と協働して、地球界の霊化を調和裡のうちに進めようとしている。

この地から一人でも加害者や犠牲者が減るように、またアセンション(次元上昇)の脱落者が出ないように、地球人類みんなが自然な心の動きの内に意識進化を志向し始めるように。

そのために働くことこそが私たちの生き甲斐であるから、自己の真実を思い出した今では、なんの不平も不満もない。

ただもくもくとこの身を捧げ、地球平和のために働くのみ。

今日も、明日も、そして来たるべきその日まで。