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時が来た

いよいよ待ったなしの時が来ました。

ここ数十年の地球人類の意識波動は、霊域と物質領域が混沌と入り混じった汽水域にありましたが、今年2015年、地球人類の意識領域は、霊波動が主になり、物質波動が従になる状態に入ってきました。

この状態になったのは、宇宙の星々から地球に降り立った神類が、天地の次元波動を粗くして、肉体界をつくりたてだった頃以来のことです。

その当時は、霊波動の世界から地球界開発のために、物質が主である波動圏に顕在意識を移行してゆきました。

現在は逆に、物質世界での体験を終えて、霊波動世界へ顕在意識を順次回帰してゆく過程にあります。

これは、好むと好まざるとにかかわらず、宇宙の経綸として定められていたことなので、地球界が霊文明世界へ移行することは、拒否する選択肢がないのです。

地球自身がそのような波動体に次元上昇しつつあるからです。

この時にあたって、この星に住む私たちは、どのように生きればよいのでしょうか?

答えはひとりひとりの心の奥にあります。

眼を閉じて、胸に手を当てて、よくよく観じてみてください。

今この時にあたり、何を信じ選択するのか?

すべては私たち自身の責任による決断と実行にかかっています。

今までの想念習慣に流されて生きることを選択した場合には、大変生きにくくなってゆきます。

逆に、自らのいのちの光を想念で遮ることなく、障りなく発揮する生き方を選んだ人は、面白いほど幸福に生きられるようになってゆきます。

これまでの世界では、精神性は隅に追いやられ、物質的優劣が優先して考えられてきました。

例えば、「お金があれば何でもできる」、「物を持っていないよりは持っているほうがよい」などの価値観です。

心やさしい善人が不遇に追いやられ、他人を押しのけてでも自我を通す人が思い通りに生きられる、そんな世界はもう二度と戻ってきません。

これからは、精神性(霊性)がいのちの本質に近いか遠いかによって優劣がつく時代になってゆくからです。

しかしその状態は、これまでの不平等とは明らかに違います。

なぜならば、これからハッキリと表れる精神性(霊性)による優劣は、他人と自分を引き比べての優劣ではないからです。

これからの優劣は、自分がどれだけ自身(心)を磨き高め上げる努力をしてきたか、その積み重ねの歴然とした差なのです。

また、魂が若いか、古いかによる違いでもありますが、これは単純に若いからダメ、古いからよいという問題でもありません。

誰もが純粋にいのちの光そのものを表して生きる時代にあっては、自他の優劣という概念がないからです。

互いの在り方は、天命の違いであり、役割の相違でしかないことをお互いがわかり合っているので、自他を比較して、その違いに一喜一憂する必要がまったくないことを、誰もが当たり前のようにわかっているのです。

弱肉強食の二元対立の時代は終わりました。

今でも続いているように見えるのは、単なる残像であり、残り香です。

それは、殺虫剤を浴びたゴキブリさんが、死に絶える間際にあがいている状態のようなもので、霊波動にさらされたエゴ想念が生き場所を失い、つかの間の悪あがきをしている状態です。

いのちの本質の光を誤用したエゴ想念は、「自分はいのちのエネルギーを間違った方向に使っていた」と気づいて反省をし、軌道修正した段階ですべて成仏して消え去ってゆきます。

ただそこに至る時間経過があるだけです。

地球人類の意識が、今までの価値観のままでいては、もうこれ以上地球の未来を存続させることはできません。

それは理性的な人ならば、誰でもうなづかずにいられない周知の事実だと思います。

それでも生き方を変えることができない想いが多いのはなぜなのでしょうか?

どうすれば子供たち、子孫たちに、未来へのバトンを渡すことができるのでしょうか?

このブログでは、そうした内容を様々な角度から見つめてゆきたいと思います。