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自分を変えられる自分であるために

終わりなき意識進化の道中で

人の進歩成長には、「これ以上の先はない」といえるような終わり(最終到達点)はありません。

どこまで行ってもさらに奥(高み)があり、そこへ到達すればまたさらに奥があります。

私自身、そのような理屈を充分に知っているつもりでいながら、最近あらためて意識進化の道中にある自分自身を正直に見つめなおしたとき、さらに奥の世界へ進むために手放さなければならない“頑固さ(かたくなさ)”の障壁を発見しました。

それは、とっくに手放し捨て去って「もう無い」と思っていた想いのクセが、心のひだにまだこびり付いていたということです。

そのような状況のタイミングで出会った、「創造性の最たるものは自分が変わること」という言葉とともに、私自身が『いつでも柔軟に自分を変えられる自分』でありつづけるために必要な認識を見つめ直すことにしました。

茂木健一郎氏の言葉に想う

前述の「創造性の最たるものは自分が変わること」とは、脳科学者の茂木健一郎氏の言葉ですが、それはまさに言い得て妙で、至極名言だと思いました。

一人一人の“自分”が変わらなければその人自身が変われないのはもちろん、世界全体も変わることができなかったのは自明の理だと思えたからです。

そういう大きな面から見てゆくと、文明上のすべての発展は、誰かが変わることの積み重ねで成されてきましたし、それはこれからもそうでしょうし、誰もが初めの状態のままでいたなら、何も変わることはなかったでしょう。

何も変わっていなければ、電話や無線、テレビやラジオ、インターネットなどの意思伝達手段もなく、交通手段は徒歩(せいぜい馬)で、エネルギーも火をおこして暖をとったり食用に使う程度で、原始時代さながらの様相が、今もまだつづいていたことでしょう。

そのような面から見れば、現代社会は原始時代と比較すれば大きな進歩を遂げたといえます。

けれどもその進歩は未だ不完全な進歩です。

なぜならばパソコンやスマホ、テレビ、電卓などの普及、交通手段の発達、空調システムの進歩等により、

  • 暗算や漢字の読み書きができない人がジワジワと増えている(思考力の低下)
  • 一方通行的に与えられる娯楽に割かれる時間が増えたことにより、創意工夫能力が低下した
  • エレベーター・エスカレーター・乗り物での移動過多で足腰が弱っている(基礎体力の低下)
  • 体温調節機能や自律神経機能等に異常をきたした個体が増えている

等々、これ以上それに依存しすぎれば、その過ぎたる便利さが人間の心身を退化させかねないところまで来たからです。

こうした話は他にもたくさんありますが、ここでは長くなるので割愛します。

そのようなデメリットはあるものの大きな文明の進展をみてきたのは、元をたどれば誰かの意識上の変化(発明発見)がもたらした便利さです。

そのような大きな話ではなくても、自分自身の運命を善転させるためには、意識を進化の方向へ変化させること(気づき → 実行する)が必要なことは言うまでもありません。

自分が変わるためには、「自分は変わることができる」という“みずからに対する自信と信念”が必要ですが、無用のプライドを持って手放さず、それにしがみ付いている場合には、自分を変えることは難しいといわざるを得ません。

私の場合には、「自分は間違いを犯さない(間違いを犯しても認めない)」という頑なな思い込みでした。

そのような精神状態は茂木氏の言われるとおり、“プライドのはき違え”でありまして、間違ったプライドを持っている場合には、

本当は今までのやり方を変えた方がいいのに、このままでいいのだと思いこんでしまう。注意されても、アドバイスされても、聞く耳を持たない。これは、あやまったプライドを持っている人の兆候である。

茂木健一郎公式ブログ『脳科学者の独り言 時々書生』
【自分は変わることができるというプライド】から

のであります。

間違ったプライドと在るべきプライド

間違ったプライドの特徴

  • 自分の考えに固執して成長のチャンスを逃す
  • 他から学ぶ術を放棄している
  • 客観的に自分を見つめることができていない

在るべきプライドの特徴

  • 変化(成長)を喜びと捉える感性を持つ
  • 色褪せない好奇心を持続的に持っている
  • 過去の思考を手放して、新しい考えを実行できる

上記のような間違ったプライドをサラリと脱ぎてて、在るべきプライドを颯爽と身にまとい想念・言動・行為することで、人は誰でも自分を変えることができます。

『案ずるより産むが易し』という言葉がありますが、まさにそれです。

自己否定即自己肯定の生き方

さて、自分を変えるためには、考え方を変えなければいけません。

考え方を変えるためには、成長のステップとしての自己否定がなければなりません。

それは、瞬間の反省と言い換えてもかまいません。

そのようなときに脳裏をよぎる「私は今までどおりでいい」という想いは、自己肯定のようでありながら、その実エゴの甘言でありまして、意識進化されると消えてしまう想念のささやきなのであります。

それに気づいて瞬間の反省(自己否定)をした刹那、即自己肯定に意識の軸足を移しますと、今までよりも一段階広がった意識視野が開けてまいります。

その際の肯定する想念は、過去の自分をかばうエゴの側ではなく、前を向いて進もう、変化(意識進化)しようとする想いでありまして、そうした自己否定後の自己肯定は、みずからに変化・進歩・成長をもたらす自己肯定なのであります。

茂木氏はこのことについて、下記のように語っていました。

本当のプライドは、自分は変われる、いつでも今の自分を否定して、新しい自分へと行ける、というかたちのプライドでなければならない。そんなプライドの方が、今の自分のままでいいというプライドよりもよほど難しく、そして価値がある。

茂木健一郎公式ブログ『脳科学者の独り言 時々書生』
【自分は変わることができるというプライド】から

そうした『自己否定即自己肯定』の生き方は、仏教に伝えられている『色即是空空即是色』の生き方と同義であります。

なぜならば、その意味するところは、『あると思っていた世界は実は無かったのだ。無いと断じきった瞬間に生命の真実が顕在化してくるのだ』というもので、茂木氏のいう「いつでも今の自分を否定して、新しい自分へと行ける、というかたちのプライド」を持った生き方だからであります。

最後にもうひとつ茂木氏の言葉を紹介します。

自分は変わることができるというプライドを持つことは、心の若々しさを保つことでもある。今のままの自分でいい、何も変わらなくていいという間違ったプライドは、精神を老いさせる結果になる。

茂木健一郎公式ブログ『脳科学者の独り言 時々書生』【自分は変わることができるというプライド】から

「そのように生きるためにはやはり、変化を楽しむ心の余裕や柔軟性が必要なのだなあ」とあらためて思ったのでした。