アセンション(次元上昇)

真実のアセンション・次元上昇とは? 意識進化で神性を生きる方法とは?

息を抜かない息抜きの仕方

calendar

スポンサーリンク

30年前にわからなかった話

30年ほど前のある日のこと、当時通っていた処で師匠から、「人間はすぐに息を抜きたがるが、息抜きをして生きてはいけないのだ」と言う話を聞いて、「これはまた窮屈で異な事を言うな」といった感想をもって、拝聴していたことがありました。

当時私はまだ若く、自我の塊のような想念を捨て切れていなかったためか、その話の真意が皆目見当がつかずにおりました。

だがしかし、なぜかその話が印象に残っていて、その後の人生のなかで、時折その話を思い出すことがありましたが、いつまで経ってもその意味するところがわからずにいたのでありました。

30年後の気づき

しかし最近、久しぶりにその話を思い出したときに、ようやっとその話の真意を理解するに至る気づきがありました。

それは、人間は《息》、すなわち呼吸をすることによってこの肉体に魂をとどめ、一呼吸一呼吸のなかで新鮮な霊要素と旧くなった霊要素の交換をしていることによって、生きる気力を維持して、エネルギッシュに生きてゆけるものなのであります。

その大切な息の手を抜く、言い換えれば気を抜くようなことをすると、生きながらにして死んだ状態、命を生かしていない状態になってしまって、天命をまっとうする時期を、遅らせることになってしまうのであります。

だからこそ人間は、命が肉体にあるかぎり、息を抜いてはいけないのでした。

これまでの認識での《息抜き》とは、生命レベルにおける自殺行為にほかならない愚行なのでありました。

真理の観点から言葉を解し使う

この気づきは、私にとっては大きな気づきですが、もしかすると他の方には、まったくピンと来ない話かも知れません。

しかし私にとっては、長年開けることが出来なかった眼を、ようやく開けることが出来たような、とても大きな気づきでありました。

とかく言葉というものは、漠然と使っているとその真意、深い意味を解することが出来ないものです。

《息抜き》という言葉も世間一般には、単なる休息、骨休め程度の意味であると、漠然と解釈されていますが、それは真理の観点からすると、命を抹殺するような自殺行為なのでありました。

280618

命を真に生かす息抜きとは

本来は、「休息したい、骨休めしたい」と本当に思うならば、深呼吸をすればよいのです。

また心ではなく、体を休息させたいと思うならば、布団に横になって、深呼吸をすればよいのです。

もちろん布団ではなく、絨毯や畳、野原の草の上でもよいです。

むしろ草の上のほうが、地球の生命エネルギーと直接的に交流出来て、早く気疲れから回復することが出来ます。

そうすれば、副交感神経が優位に働き、真に肉体がリラックスして、新陳代謝が活性化し、目的とする体力の充電が、真に果たされるのであります。

そのときに、心の充電が同時になされることは、言わずもがなであります。

新しい息抜きの概念

今回の気づきで、私のなかの《息抜き》の概念がまったく塗り替えられ、違うものになりました。

それは、“息抜き = 深呼吸”でありまして、深い呼吸を意識的にすることは、無意識に流されて惰性で生きていた過去の習慣に戻ることなく、意識的に生きている、すなわち過去の概念における息抜きをしていない、ということでありまして、命を真に生かした生き方をしている、ということになるのであります。

そうしたことにも留意して生きることは、意識進化・アセンションを果たしてゆくうえでも、とても有意義なことではないでしょうか。