真実の生命観(中編)

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(前回の続き)

人間観と神観の種々相

ここで、真実の生命観を自己のものとするために、まずは、それぞれ別なものと見なされ、一体と見なされていない人間観と神観を、角度を変えて少しだけ掘り下げ、観てまいりましょう。

人間観に関していえば、この地上で広く知られているのは、性善説と性悪説です。

人間の本性は善なるや悪なるやという人類の本性論ですが、これは現実の人間の振るまいがどうあろうが、真理からすれば絶対善の存在であります。

神観に関しては、宗教思想や神学の数だけの見方がありますが、その傾向を大きく分けて観れば、
①無神論 → 神なるものはないという思想
②汎神論 → 万物一切に神が宿っているという思想
③それらの中間思想 → 神の存在は認めるがすべての人間を神の子孫とは認めない
という思想に分かれます。

①は唯物論者に多い思想で、②の代表的なもの、真にすべてのうちに神性を認める思想は、日本の神道に見られます。

③は宗教思想に多く見られ、自宗団を唯一絶対視させる目的のために、後の世の弟子たちが宗祖の教えをねじ曲げ、宗祖やその組織のトップは神格化するが、その他の一般大衆は神格化しないというのが、多くに見られる特徴のようです。

こうした種々の神観があるなかで、宇宙の何処の星へ行っても通用する、共通した神観は②の汎神論であります。

すべてのなかに神が宿っているというのはまことの真理であり、宇宙に住む人類は、それぞれの置かれた星々に調和した天地を創造する使命を宿した宇宙神の分神なのです。

先ほどから人間、人類、人々と、人のことしか話題にしていませんが、ヒンズー教などでは、人間以外の動物を人間の上に置いて、人間を低く見るものもあります。

しかし地球の歴史を振り返れば、人間以外の生物が地上文明を築いた過去はなく、ゆえにそのような思想は論外です。

また、地球を今日のような不調和な状態にまでしてしまったのは、あくまでも地球人の誤てる生き方の集積によるものでありまして、多くの人類がいのちの本質を離れた生き方を是正して、いのちそのものの力を正しく用いさえすれば、地球の様相は調和へと転じ、誰もが望む平和な世界がたちどころに展開されるのであります。

今日までのこの星の不幸は、人類に内在する神性を多くの人が忘れてしまい認めてこなかったという、単純な原因によるものだったのです。(次回に続く)