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Voice of brothers 470 男女性を統合するために(前編)

★男女性の長所を男女それぞれが統合してゆく世界へ向かって

人が神性を発揮して生きてゆくってことは、男性の持つ長所と女性の持つ長所が、男女どちらであるかにかかわらず、ひとりひとりのなかで渾然一体に溶け合って、統合してゆくことをいうんだよ。

たいがいがみんな、男女性それぞれの短所のどちらかに偏ってるでしょ。

それでも人というのは、それぞれの縁の中で男女が巡り逢い交わり合ってゆくことを通して、その途上で時にはマウンティングしたり軽蔑したり、劣等感をいだいたり天狗になったりなどしながらも、『基本的に互いが真摯に協力し合って生きてゆくならば』という但し書き付きだけども、男女それぞれの長所が長い年月をかけてブレンディングされていって、後半生の人生に於いては、男女共があるべき人間の調和した姿を顕現するに至るものなんだよ。

それは、未だかって誰も到達したことのない、世にも珍しい話なんかじゃなくって、数はそんなに多くないながらも、世の中のそこらかしこに散見されている人間の完成されゆく姿なんだよ。

世の中というのは、男性だけでも成り立たないし、女性だけでも成り立たないのは、言うまでもないね。

男女それぞれ、必要があって存在してるんだよ。

最近では”自由”の意味をはき違えた考えに凝り固まった人が多いから、宇宙を構成する陰陽の働きを分け持った男女の現れを否定して、男性でありながら女性を志向したり、女性でありながら男性を志向する人もいるけれど、本当の真理からいえば、男性に産まれたならば男性としての人生をまっとうしなければならないし、女性に産まれたのなら女性としての人生を磨き出さなければならない。

★男女に分かれ産まれる意味

そのことが多くの人に理解される日は、まだ少し先のことになるけれど、生命真理の観点からいえば、男性に産まれたり女性に産まれたりすることは、ゆるがせに出来ない人生という大地に該当することなんだよ。

天を地だと思い、地を天だと思う認識の先にあるのはなんだと思う?

世界を逆立ちして見ているかぎりは、ものごとの道理が正しく見えないでしょ。

だから人間は、自分が男性に産まれたのなら、男性として内なる男女性を統合しなければならないし、女性に産まれたのなら、逆に女性としての内なる男女性を統合しなければいけないんだよ。

みんな意味があって、必要があって、それぞれ男女に産まれてるんだよ。

その過去世を観れば、今生で男性に生まれた人が前世でも男性だったケースもあるし、女性だったケースもある。

それは女性も同じで、前世が女性だったり男性だったり、人によって様々だ。

そもそもの原点からいえば、人間の本質は男性でも女性でもなく、両性具有の統合体なんだよ。

だからその観点からいえば、男性が女性を選択したり、女性が男性を選択したりしても、そこにはなんの不思議もない。

けれど、まだ全員が両性具有の統合体になっていない天地に生きているかぎりは、やっぱり、その世界の常識に合わせて、それぞれの性をまっとうしなければならないんだ。

さっきも言ったけど、男女に分かれ産まれるということは、個々人がそれぞれの性をまっとうするために、そのように産まれてるんであって、そこはゆるがせに出来ないところなんだよ。(次回に続く)