(前回の続き)
自身を神性の存在であると当たり前に思えるようになるために
なんでそうなるかっていうと、人間の魂が七つの意識で出来上がっているものだからだよ。
そうでありながらかつ、自己の最高位意識である 直毘 を自覚するに至ると、世界に存在するすべてが自らの内に初めからあったものであることを当然のように観れるようになるから、『自他を分割して見るものの見方』が出来なくなるんだ。
当然認識こそが大事だよって、きみには耳にタコができるほど話してきたでしょ。
確認のためにもう一度言うけど、それは鏡を見なくても顔の真ん中に鼻があり、鼻の上には眼球が二つあり、鼻の下には口があり、顔の両脇には耳がついていることを誰もが当たり前だって思ってるでしょ。
その事実を疑う人なんていないでしょ。
それと同じように、人間は七つの心を持つ神性の存在であり、宇宙意識に至ってみれば、すべてが自分だということが当たり前に思えるということなんだ。
そういう心を自分のものにするための初めの一歩は、いつも言うけど自分が神性の存在であることをあらゆる感覚器官を使って、インプットとアウトプットを繰り返す練習をすることだよ。
自分の神性さえ認められないのに、他人の神性なんて認められるわけがないでしょ。
これは一事が万事で、自分を赦せないのに他人を赦せるわけがない、自分を愛せないのに他人を愛せるわけがないというように、内面の統合調和をはかるうえであらゆる面に応用がきく考え方なんだよ。
だからこそ人は、他人のことをとやかく思う以前に、自分を調和させなきゃいけないんだ。
みんな自分の中の世界人類を仲違いさせといて、「世の中がよくなりますように」って思ってる。
それは出来ない相談であり、無茶苦茶な理屈なんだな。
世界の安寧と日本の平安を祈ることは、何も日本の天皇の専売特許なんかじゃあないんだよ。
※七つの心について
直毘の心 | |
守護神の心 | 神体の心 |
守護霊の心 | 霊体の心 |
幽体の想い(潜在意識) | |
肉体の想い(顕在意識) |
ひとりの人間の魂は、上記の7つの心で構成されている。
(次回に続く)