(前回の続き)
本当の今を生きる
さっきの話をもうちょっとしよう。
物体と影のうち自分が影に入り込んでしまう話をしたでしょ。
その逆に、自分が物体そのものになりきって、影を嫌って悪感情を持ってしまってる人もいる。
それは、映画館で映画を観る例えでいえば、観てる自分が俯瞰してる意識で、それを忘れてスクリーンのなかに入り込んでしまってるのが、影そのものや物体そのものになりきったりしてることなんだよ。
映画館で映画を観る例えが一番その状態を分かりやすく伝えられるから、もう少しこの話をつづけるね。
観てる映画、スクリーンのなかのストーリーは二次元の世界でしょ。それを観てるきみは三次元だ。
そしてその映画は、半年前か一年前か知らないけど、実際にはとうの昔にクランクアップしてたものがフィルムに収められて、予定されてた封切り日を過ぎたら各地の映画館で観れるようになるんでしょ。
それは、過去の想念言動行為でつくった運命が形になって消えてゆこうとしてる瞬間を示してるんだよ。
その状態がまさに、人間たちが【今】と呼んでる瞬間の実態なんだ。
大切なことだから何度でも言うけど、人間たちが今だと思ってるこの瞬間は、すでに過去の想念言動行為でつくった運命が、あたかも映画館で観る映画のように表れては消えてゆく瞬間だ。
今地震があった、今自動車に轢かれそうになった、今愛する人に嬉しいことを言われた、今自宅に帰ってきた。
今という言葉は、そのように使われているけど、ホントの今ってのは、今この瞬間の自分自身の想念だ。
もっと広い意味でいえば、今何を想い、何を語り、どう行動しているか。
それこそが本当の今であり、未来の運命を創造している時空に生きてることだといえるんだ。
何があったかなんてのは、全部過去に過ぎないんだよ。
「We」「Our」「Us」が当然の意識を身に修めるときが来た
さあ、七つの心で一人の魂になっているってことが分かった。
利他の心を自分のものにする時旬が来てることも分かった。
自分と自分の関係性を調和させなければいけないことも分かった。
世界をつくってるのはひとりひとりの意識だってことも分かった。
他人に感じる想いが自分の心の姿だってことも分かった。
自分のなかに様々な二極の想いがあったことも分かった。
それを俯瞰する立ち位置に立つことの必要性も分かった。
本当の今がなんなのかも分かった。
そこでようやく一番はじめに話した『自らを構成する意識要素が統合調和されてゆくと、「I」「My」「Me」から「We」「Our」「Us」の意識へ変貌してゆく』という話に入ってゆけるんだ。
今言ったような手順を踏んで意識進化してゆくと、他人だと思っていた人たちが、実は自分という惑星の住人であったことがおぼろげながらも観えてきたでしょ。
宇宙というのは現象界にも展開しているけれど、その実体は心の奥にあったんだ。
だからこそ、内なる宇宙人類が仲よく生きなければならない。
簡単にいえば、自分の神性を当たり前に観て、自分と仲よくすることだよ。
それが出来さえすれば、自分を呼ぶ人称が【私たち】になるんだ。
ひとりひとりの人類が、自分と他人を分け隔てしない心を持つことこそが、地球を本当に平和な星にする原動力だよ。
どうかその認識を自分のものにして、自他を、地球世界を見つめてほしい。
そうすれば今よりたくさんの人たちが意識進化を志向するようになって、やがてひとり、またひとりと、きみたちの仲間が増えてゆくだろう。(終わり)