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Voice of brothers 399 意識の意識的運用について(前編)

★平等に持つ生命力を如何に使うか

誰も彼もに平等に注がれているいのちの光……。

「いのちの力」「生命力」っていった方がわかりやすいかな。

その生命力を使って、誰もが心と肉体を動かしている。

それで、そのいのちの力をどう配分して使うか、どのように活用するかについては、それを決める権限、運用する権能は個々の肉体人間個人に委ねられているんだよ。

恨みや妬みに使うのも自由。

怒りや憎しみに使うのも自由。

悲しみやマイナス思考に使うのも自由。

なんとなーく惰性にながされて使うのも自由。

意識的に律しながら使うのも自由。

愛の発現に特化して使うのも自由。

自分を磨き高め上げるために使うのも自由。

どんな使い方をしようが、それに対して干渉する権限を持つ者も変更を強制する権能を持つ者もいない。

ホントにないんだよ。

自分自身の意識以外にはね。

本人のハイアーセルフ、守護の神霊といえども、個人の意識裁量の自由に関しては、干渉することはまったくない。

それは、いってみれば宇宙の掟みたいなもんだからね。

だから何事も自己責任だっていうわけ。

その自己責任であるところの生命エネルギーの使い方を差配しているのが、当人の心、意識、想い、念だね。

それらを大きく分けて見ると、顕在意識と潜在意識の二つに分かれる。

それで、顕在意識は肉体次元にあり、潜在意識は幽体次元にあることは以前まえにも話したね。

★意識運用の相違こそが不平等の原因だった

この『意識運用の仕方の相違』、言い換えると、『個々人の意識の用い方の違い』こそが、人の運命を千差万別・雲泥万里なものにしてるんだよ。

肉体の浅い意識だけでこの世を俯瞰してみたら、「この世はなんて不平等な世界なんだ」って想えるでしょ。

そうしている唯一の原因が意識の用い方の違いなんだ。

だからきみたちの世界のあり方を本当の真実の観点から観れば、極めて平等なあり方だといえる。

「意識の用い方なんて言われたって、そんなの漠然としてわかんない」って思えるかも知れないけど、呼吸を深めて意識を魂の奥に鎮めてみれば、絵巻物でも見るかのように、自分自身の意識運用の様子を手に取るように見通すことができるようになるんだ。

あ、今の時代は絵巻物じゃなく、動画でも見るかのように、って言った方がわかりやすいか。

要は、自分自身を客観的に俯瞰できるようになるんだ。

そうなってみて初めて、「ああ、自分にはこういう想念の癖があったんだな。パターン化したこんな傾向があったんだな」って、わかるようになるものなんだよ。

だけどそれだけじゃあ、ホントの自分を知ったことにはならない。

極々浅い、肉体にまとわり付いた想念の傾向を知ったに過ぎないからね。

だけどそこまで行くのにも、何万年か何十万年の輪廻転生を経てるのが、普通クラスの肉体人間なんだよ。

それで、きみたちの世界では、苦しみや悲しみが多ければ多いほど、器の大きな人になれて、自他にやさしい人になれるでしょ。

だからそうした過去世から今日に至る様々な迷いや苦悩の体験というのは、けっして無意味な遠回りなんかじゃあなくって、欠かすことの出来ない必要不可欠なプロセスだったんだよ。(次回に続く)