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Voice of brothers 117 前世は知らなくていい(後編)

★今を生き切る ~ 過去も未来も今ここにある

過去世を知りたいという想いを持つ人は、さっきも話したように、たいがい現実逃避するような心の弱い人だから、知ったが最後、ますます因縁の渦の展開に深く巻き込まれて、抜き差しならない悪因の流転にあえぐことになってしまう。

自分が悪かったって気づいたのなら、今の自分が心を入れ替えて、明るく愛深く生きるだけ、それだけでいいんだよ。

自分も他人もいじめないで、憎まないで、恨まないで、赦して、愛してみるんだ。

それも一回やってダメだったからってすぐにあきらめないで、何度もチャレンジしてみる。

それで、もしも自分の身に危害が加えられるような事態に直面したときには、「これで清算されるのなら受けて立とう」っていう本物の勇気がある場合以外は、一目散に逃げるんだよ。

心構えがなってないのに、人に言われたからって無理に頑張ろうとすることはないからね。

参考になるかどうかわからないけど、過去の聖者なんかでも、人生の最後の場面で、因縁を受け入れて殺されて、あの世で大きな立場で働いている例もあるんだよ。

例えば、イエスキリストの場合は、今でいう超能力を持っていたから、はりつけになったって、逃れようと思えば簡単に逃げられたにもかかわらず、最終的に磔刑で肉体を離れたでしょ。

あれは、後々の地球界発展のために、当時の人類のカルマを一身に背負って天に持って帰る(還元する)ことが、肉体に産まれ降りる前からの計画だったから、いさぎよくそれを実行したということなんだ。

また、釈迦の弟子のなかで神通力第一の弟子だった目連なんかは、みずからの死に様をずいぶんと前から知っていながら、いよいよその当日、釈迦教団を逆恨みしてみずからを付け狙う刃を持ったバラモンの狂信者が近づいているのを知りながら座禅を組みつづけて、そのままの姿勢で切られて肉体を離れた。

その心境は、少しの恐怖心も猜疑心も自己保存の想いもなく、自己の神性にシッカリと入り切った神そのものの心ともいえるもので、因縁を知れる人の最後としては、100点満点のとても立派なものだった。

そういう人たちと同じように出来ると思う人はそうすればいいし、出来ないと思うなら真似する必要はまったくない。

それよりももっといいことは、因縁が現れ来る前に消し浄めて、運命として現れなくすることだよ。

その方法とは、宇宙生命物理学によって降ろされた印を組むことなんだけれど、このことについてはまた別の機会に話そうね。

今日の話を最後にまとめると、今の困難を乗り越えるために前世を知る必要は毛頭ない、今この瞬間を真摯に前向きに生きることこそが、魂における人生の再試験のようなものなのだから、今の問題を真剣に解くことに意識を集中すればいいということだよ。

今のなかに過去も未来も、すべて凝縮して同時存在しているのだから、あえて今と過去を切り離して見たり、今と未来を切り離して思うこともなく、今を生き切ることこそが、今を変えると同時に、過去と未来をも輝かせることが出来る、何にもまさる最高の生き方だってことを知ると、生きることへの腹が決まって、より地に足を付けた人生を歩めるようになるから、過去世を知りたいという願望のある人は、今日の話を何回も繰り返し読んで、今を生き抜く強さを磨き出してほしい。

そうして生きてさえいれば、どんなに困難な事態も、必ず必ず希望の方向に転換してゆくのだからね。