(前回の続き) ★神域の視座とは無私の心に観える世界 地上の肉体にありながら神域の視座をもって世界を見渡すことができている人は、誰も彼もみんな、私心のない神意識を自己のものとして運用できている人だといえるね。 そのような人の想念言動行為がどのようなものかというと、口に表す前の想いは神性そのものの想念で、語り書き表す言葉は神性そのものの言葉で、行い表す行動・行為は神性そのものの行動・行為になっているんだよ。 肉体界の地平には、「人間は神様じゃないんだから、神性の想念言行なんかできるはずない。人間はみな自分勝 ...