Voice of brothers 171 神域の視座を身に修めるために (6)

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(前回の続き)

★神性認識を運用する第二段階

それで神性認識を運用する第二段階として目指すとこは、自分の意識を真理そのもの、宇宙そのものにまで拡大して、一切の私心を無限の拡がりのなかに溶かし広げてしまうことだよ。

人間というものは、「自分が、自分の、自分で、自分を」という自我意識が強ければ強いほど、心が全体から離れてゆくし、そのことによって対立する存在や相容れない対象が強く意識されてくるものだね。

今回の話の一番最初に、「人の心に分離した認識があるうちは、世界が調和することはないし、対立観念が人類の意識にこびり付いているうちは、現象世界に平和が訪れることはない」という言葉の意味をよく噛みしめて咀嚼してみて、って話したでしょ。

それは、目指すべき世界が分離認識の反対にある、一体感を伴った大調和の神性観念にあることを、逆説的に思い出してほしかったからだよ。

そこで今度は、その言葉の真裏にある真理の言葉を表現してみよう。

「人の心がいのちの大元に還元すれば、みんな生命波動としての兄弟姉妹であることを思い出すから、おのずと世界は調和するし、誰もが生命における一体感を表面意識によみがえらせれば、現象世界は必然的に平和になる」

この光と影のような、ふたつの文章を読み比べてみて、今の自分の意識がどちらの世界に生きているのか、これからの自分はどちらの世界を志向するのかを、みずからに問いかけてみてほしい。

後者を選択するのなら、この神性認識を運用する第二段階に、意識が肉体にあるうちに昇華することは必定だよ。

それは、無私なる心をもって天地を運用する境地で、神界の神々と同等の意識レベルで地上世界の運営に参画する境界にあるといえるね。

きみもそうした世界の住人になれるんだよ。

本当の自分が神々の裔であることを、疑いもなく当然認識しているならね。

そうなるためには、足下の一歩一歩をシッカリと踏みしめて、意識進化の螺旋を着実に昇ってくることだよ。

一足飛びに「自分などというものはない、幻想だ、宇宙のみ実在である」なんて無理無理思い込もうとしたところで、心の襞にこびり付いたカルマ想念の抵抗にあって、大変な遠回りをするのがオチだからね。(次回に続く)